相続開始前3年以内の贈与は相続税の対象となってしまうことをご存知でしょうか。
人生が終盤に差し掛かると、どのようにして残される家族に財産を残そうかということも気になってくるでしょう。
特にある程度の財産を持っている方にとっては、推定相続人が負担するであろう相続税の負担が不安になると思います。
相続税を軽減するために、生前から贈与をしておけば良いのではないかと考える方もいらっしゃるでしょう。
たしかにそれは一理ありますが、相続開始前3年以内に贈与された財産については相続税の対象となる基礎財産に含まれてしまうので注意が必要です。
この記事では、相続開始前3年以内に行われた贈与が相続税との関係でどのように取り扱われるかを中心に、弁護士が詳しく解説します。
相続税に関して詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
目次
1、相続開始前3年以内の相続人や受遺者への贈与は相続税の対象となる
(1)原則
相続税は、原則として相続または遺贈により取得した財産に対して課税されます(相続税法第2条第1項)。
逆に言えば、相続または遺贈以外の方法により贈与された財産については、原則として相続税が課されません。
(2)相続税を減らすための生前贈与
生前贈与を行うと、所有している財産について、相続が開始する前に家族などへ財産の所有権を移転することができます。
すると、実際に相続が開始した時点では相続財産が少なくなっているため、課税される相続税の金額を減らすことができるのです。
ただし、生前贈与については、贈与税の課税対象となる点に注意が必要です。
この点、贈与税は、毎年受け取る贈与のうち、110万円の基礎控除分を超える金額に対して課税されます。
つまり、毎年110万円までの贈与は課税されず、また110万円を少し超える程度の贈与については、贈与税の課税はわずかということになります。
この贈与税の基礎控除を利用して、少しずつ家族などに財産を贈与していくと、合法的に相続税の金額を減らすことができます。
(3)相続開始前3年以内の贈与は相続税の対象になる(贈与加算)
しかし、相続開始前3年以内に行われた相続又は遺贈によって財産を取得した人への贈与については、例外的に相続税の課税対象になるものとされています(相続税法第19条第1項)。
これを「贈与加算」といいます。
たとえば、被相続人が2020年(令和2年)8月1日に死亡して相続が開始した場合、2017年(平成29年)8月1日まで遡って、相続又は遺贈によって財産を取得した方に贈与がなかったか確認する必要があります。
加算される価格は、贈与時の価格を基準にします。
相続開始前3年以内に行われた贈与であれば、贈与税がかかっていたかどうかに関係なく、相続税の課税対象となります。
したがって、基礎控除額110万円以下の贈与や、死亡した年に贈与された財産の価額も、相続財産に加算することになります。
(4)相続開始前3年以内の贈与が相続税の課税対象となる理由
相続開始前3年以内の贈与が相続税の課税対象となるのは、死期が迫ったことを察知した段階で相続税の課税を逃れるために、駆け込み的に生前贈与を行うといった行為を許さないためです。
贈与加算が行われることにより、被相続人の死亡前後に行われる贈与や相続・遺贈は、相続税の計算との関係では、結論は変わらないことになります。
2、ケーススタディにより相続税について理解しよう
贈与加算がある場合、相続税の計算は複雑になります。
そこで、ケーススタディを用いて実際に相続税の計算をしてみることで、相続税に関する理解を深めましょう。
<事案>
- 相続財産3億円を残してXが死亡
- 相続人は配偶者Yと、子どもA・B・Cの計4名
- Xは死亡する2年前に、子Aに対して1200万円の現金を生前贈与していた
- 遺産分割協議により、各相続人が相続する財産の金額は以下のとおり
Y:1億8000万円
A・B・C:各4000万円
※推定事例の為、実際の事案とは異なります。個別の事案で計算方法が異なる可能性があります。
上記のケースにおいて、各相続人にかかる相続税の金額を計算してみましょう。
①課税対象となる相続財産の金額を求める
まずは、相続税が課税される相続財産の金額を計算します。
Xが残した相続財産は3億円ですが、X死亡の2年前に相続人Aに対して1200万円の生前贈与が行われています。
この生前贈与は贈与加算の対象になりますので、相続財産の金額に加算します。
贈与加算後の相続財産は3億1200万円です。
一方、相続税についても贈与税と同様、基礎控除額が定められています。
基礎控除額は、相続財産全体の金額から引くことができます。
相続税の基礎控除額は、以下の計算式により求められます。
基礎控除額=3000万円+600万円×法定相続人の数
上記の例では、法定相続人の人数は4名です。
したがって、基礎控除額は5400万円となります。
基礎控除額を贈与加算後の相続財産から引くと、2億5800万円となります。
これが相続税の課税対象となる相続財産ということになります。
②法定相続分に従った相続が行われたと仮定して、各相続人の相続分を計算する
相続税の計算をする際には、まず課税対象の相続財産全体に対する相続税の総額を求めます。
その際、法定相続分に従った相続が行われたと仮定して、各相続人の相続分を計算します。
課税対象の相続財産2億5800万円が法定相続分によって各相続人に相続されたと仮定すると、各相続分は以下のようになります。
Y:1億2900万円
A・B・C:各4300万円
各相続人の仮定の相続金額について、以下の税率表に基づいて相続税の金額を計算します。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1000万円以下 | 10% | なし |
1000万円~3000万円 | 15% | 50万円 |
3000万円~5000万円 | 20% | 200万円 |
5000万円~1億円 | 30% | 700万円 |
1億円~2億円 | 40% | 1700万円 |
2億円~3億円 | 45% | 2700万円 |
3億円~6億円 | 50% | 4200万円 |
6億円超 | 55% | 7200万円 |
上記の例の場合、各相続人についての仮定の相続税額は以下のとおりです。
Y:1億2900万円×40%-1700万円=3460万円
A・B・C:4300万円×20%-200万円=各660万円
③すべての相続人の仮定の相続税額を合計して、全体の相続税額を求める
上記で求めた各相続人についての仮定の相続税額をすべて合計すると、以下のようになります。
3460万円+660万円×3=5440万円
よって、全体の相続税額は5440万円となります。
④各相続人が実際に承継する財産の金額に応じて、相続税の総額を按分する
上記の例では、実際に各相続人が承継する財産の金額は以下のとおりです。
Y:1億8000万円
A:(生前贈与の1200万円を含めて)5200万円
B:4000万円
C:4000万円
各相続人にかかる相続税の金額を求める際には、上記の金額に応じて相続税の総額を按分します。
すると、以下のようになります。
Y:5440万円×(1億8000万円÷3億1200万円)≒3139万円
A:5440万円×(5200万円÷3億1200万円)≒907万円
B:5440万円×(4000万円÷3億1200万円)≒697万円
C:5440万円×(4000万円÷3億1200万円)≒697万円
これが、各相続人が実際に納めなければならない相続税の金額です。
Yは、被相続人の配偶者なので、配偶者の税額の軽減の申請ができる可能性があります。これは、被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈により実際に取得した正味の遺産額が、1億6000万円か配偶者の法定相続分相当額のどちらか多い金額までは配偶者に相続税はかからないという制度です。
⑤贈与税の控除
Aは1200万円の生前贈与を受けた際、贈与税の納付義務が発生しています。
Aが贈与税を納付している場合には、Aの相続税額から、その贈与を受けた年の贈与税額(本税のみで、延滞税や加算税を除く)のうち、その被相続人からの相続について、相続税の課税価格に加算された贈与財産の価格に対応するものが、税額控除されます。
たとえば、Aが20歳以上の場合には、具体的な贈与税は、次のような通りです。
贈与財産の価額が1200万円の場合(以下の例では「特例税率」を使用します。)
基礎控除後の課税価格:1200万円 - 110万円 = 1090万円
贈与税額の計算:1090万円 × 40% - 190万円 = 246万円
上記贈与税額をAがすでに納付していれば、Aは相続税額から上記贈与税額を控除できます。
Aの相続税額:約907万円-246万円≒661万円
3、相続開始前3年以内の贈与でも、相続税の課税価格に加算されないケース
相続開始前3年以内に行われた贈与であっても、相続税の課税価格に加算されない場合や一定の控除があるがありますので、どのようなケースがあるかについて解説します。
(1)贈与税が納税済み
贈与財産を相続税の課税価格への加算がある場合、その人の算出相続税額から、その贈与を受けた年の贈与税額のうち、その被相続人からの相続について、相続税の課税価格に加算された贈与財産の価格に対応するものが、税額控除されます。
これは、贈与税と相続税の二重課税を防ぐことを目的としています。
(2)贈与税の配偶者控除額に相当する贈与
婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭が贈与される場合、基礎控除110万円の他に最高で2000万円を贈与税の課税対象から除くことができます。
これを「配偶者控除」といいます。
相続開始の年の前の年以前に贈与により取得した財産で、贈与税の配偶者控除の適用を受けたもののうち、その控除額に相当する部分については、相続税との関係でも、その価格を相続税の課税価格に加算しないこととされています。
また、その配偶者が、被相続人からの贈与について贈与税の配偶者控除の適用を受けたことがない者である場合において、相続開始の年に贈与により取得した財産のうち、その財産について贈与税の配偶者控除の適用があるものとした場合に、その控除額として控除されることとなる金額に相当する部分については、相続税との関係でも、その価格を相続税の課税価格に加算しないこととされています。
(3)住宅取得資金などの贈与の申告済み
父母や祖父母などの直系尊属から住宅購入資金などの贈与を受けた場合、住宅の購入に関する契約の締結日や住宅の種類などによって、一定金額の範囲で贈与税が非課税となります。
この非課税分については、その価格を相続税の課税価格に加算しないとされています。
(4)教育資金の贈与の申告済み
30歳未満の人が、父母や祖父母などの直系尊属から教育資金に充てるための一括贈与を受けた場合、1500万円を限度として贈与税が非課税となります。
この非課税分については、相続税との関係でもその価格を相続税の課税価格に加算しないとされています。
(5)結婚・子育て資金の贈与の申告済み
20歳以上50歳未満の人が、父母や祖父母などの直系尊属から結婚・子育て資金に充てるための一括贈与を受けた場合、1000万円を限度として贈与税が非課税となります。
この非課税分については、結婚・子育て資金の信託契約期間中に、贈与された資金の残高が残ったまま贈与者が亡くなった場合を除き、相続税との関係でもその価格を相続税の課税価格に加算しないとされています。
(6)相続・遺贈を受ける人以外に対する贈与|例えば、孫への贈与は?
贈与加算の対象は、相続・遺贈を受ける人に対して行われた生前贈与のみです。
したがって、それ以外の人に対する生前贈与は、贈与加算の対象になりません。
たとえば、孫は推定相続人ではないため、孫への贈与は原則として贈与加算が行われません。
ただし、以下のような場合には、孫への贈与が贈与加算の対象になってしまいますので注意しましょう。
①孫が代襲相続をした場合
②遺書により孫が財産の遺贈を受けた場合
③孫が生命保険の受取人になっている場合
4、相続税対策
相続税対策について専門家に相談をしたいという場合には、税理士や弁護士に相談ください。
ベリーベスト法律事務所では、相続問題については税理士と緊密に連携をして対応しています。
相続税対策をしたいという方は、ぜひお早めにベリーベスト法律事務所の弁護士へご相談ください。
まとめ
贈与加算がある場合の相続税の計算は複雑になりがちです。
専門家のアドバイスを受けながら、相続税に関する正しい理解を身に付け、残される家族にとってできるだけ有利な形で相続が行われるように相続税対策を実践しましょう。
もし相続や相続税について何かわからないことがあるという方は、お気軽にベリーベスト法律事務所にご相談ください。