交通事故を起こした際、それが刑事事件に発展し、検察官に起訴されたあと刑事裁判で有罪判決を受けた場合に前科がつきます。
前科があると、特定の職業に就くことが難しくなるばかりか、選挙権が制限されるなどのデメリットが生じる可能性もあります。
今回は、
- 前科とは?
- 前科がもたらすデメリットとは?
- 交通事故による前科を未然に防ぐための方法
について詳しく解説します。
目次
1、交通事故で前科がつくのはどんな場合?
前科がつくのは、刑事裁判で有罪判決を受けた場合です。交通事故を起こした場合も刑事裁判の対象となることがあり、その場合は前科がつく可能性があります。
ここでは、交通事故で前科がつきやすいケースをご紹介します。
(1)悪質な違反だと可能性が高い
実際のところ、交通事故で前科がつくケースは少数です。前科がつきやすいのは、悪質な違反があったケースです。
①人身事故を起こして自動車運転処罰法が適用されるケース
前科がつくケースとしてまず考えられるのが、人が死傷する重大な人身事故を起こしてしまい、自動車運転処罰法の対象になった場合です。自動車運転処罰法においては以下のふたつの類型が定められています。
- 過失運転致死傷罪(自動車運転処罰法第5条)
運転上必要な注意を怠って人を死傷させた場合に適用されます。
たとえば、アクセルとブレーキを踏み間違えたケースや、よそ見運転をしていたケースなどです。
刑罰は「7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金」になります。
- 危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法第2条)
より危険な運転をして人を死傷させた場合に適用されます。
たとえば、制御不能なスピードで運転したケースや、わざと赤信号を無視したケースなどです。
刑罰は人を負傷させれば「15年以下の懲役」、死亡させれば「1年以上の有期懲役」になります。
危険運転致死傷罪にあたる運転は危険性が高く、重大な被害が生じていることも多いため、起訴されて前科がつく可能性が高いです。
これに対して過失運転致死傷罪の場合には、不起訴となり前科がつかないケースも多いです。
過失の程度が軽かったり、被害が重大でなかったりすれば処罰する必要がないとされるからです。
たとえばブレーキが一瞬遅れて前の車に追突し、むちうち程度のケガであった場合などです。
一方で、信号無視で死者が出るなど、重い過失で被害が大きければ、起訴されて前科がつく可能性が高まります。
なお、物に損害が出るだけですんだ物損事故の場合には原則として刑事事件にはならず、基本的には前科がつくことはありません。
②道路交通法違反が適用されるケース
道路交通法違反によって前科がつくこともあります。道路交通法とは、運転する際のルールを定めた法律です。
軽い違反であれば刑事事件とはなりませんが、重大な違反については刑事事件とされ前科がつく可能性があります。
たとえば、ひき逃げ、飲酒運転、無免許運転などです。速度違反でも一定の範囲を超えると刑事事件の対象となるので注意が必要です。
また、先ほど物損事故では原則として刑事事件にはならないと述べましたが、当て逃げの場合には前科がつくことがあります。
(2)逮捕されていなくても前科がつくケースも
「逮捕されていないから大丈夫」と考える方もいるかもしれません。しかし、逮捕されていなくても起訴されて前科がつく可能性は十分あります。
逮捕されるか否かと処罰されるか否かは別の問題です。
そもそも、交通事故では逮捕されずに在宅で捜査が進むケースが多いです。
重大な事故を起こしていれば、在宅でも起訴されて前科がつくのは珍しいことではありません。
逮捕されていないからといって安心せずに、不起訴とするために対策をとる必要があります。
(3)「反則金」を納めるだけなら問題なし
青切符を切られた方は「お金を払ったから前科がついてしまったのか?」と不安になるかもしれません。
しかし、青切符で支払ったお金は「反則金」にあたり、これは罰金とは異なります。
反則金は法律上行政罰に分類され、刑事罰ではありません。
軽いスピード違反で反則金を支払っただけでは前科はつかないので安心してください。
これに対して、赤切符を切られたときに支払うのは罰金です。
これは刑事罰であるため、前科がついてしまいます。
2、そもそも前科とは?
まずは、「前科」とは何か、どのような場合に前科がつくのかを確認しておきましょう。
(1)刑事裁判で有罪判決を受けた経歴のこと
前科とは、刑事裁判において有罪判決を受け、確定した経歴のことを指します。
たとえば「懲役○年」といった判決が確定すると前科がつきます。
執行猶予がついたり、略式命令による罰金にとどまったりした場合でも、有罪判決を受けたことには変わりありません。
そのため、執行猶予や罰金になり、刑務所に入っていなくても「前科持ち」となってしまいます。
(2)「前科調書」と「犯罪人名簿」に記載される
前科がつくと「前科調書」と「犯罪人名簿」に記載されます。
前科調書とは、検察庁における犯罪記録です。前科調書に記録があると、別件で捜査の対象になったり、裁判にかけられたりしたときに参照されます。
前科調書に記録されると、後の事件で起訴されやすくなる、刑罰が重くなるなどの不利益を受けることがあります。
犯罪人名簿とは、市町村における記録です。
後に詳しく述べるように、前科があると選挙権や一定の職に就く資格が制限されます。
市町村が管理する犯罪人名簿は、選挙権や資格の制限を確認するために用いられるものです。
(3)逮捕されても不起訴になればつかない
逮捕されたからといって必ずしも前科がつくわけではありません。
前科がつくのは、逮捕された後に起訴され、有罪判決を受けたケースです。
逮捕されても、不起訴となり裁判に至らずに事件が終われば前科にはなりません。
なお、不起訴となった場合でも「前歴」はつきます。
前歴とは警察の捜査対象になった記録です。
前歴があっても選挙権や資格の制限の対象にはなりません。
そのため、前歴は前科に比べると後の人生に及ぼす影響は少ないといえます。
逮捕されたからといって必ず前科がつくわけではないため、あきらめずに不起訴に向けて動き出すのがよいでしょう。
3、前科がつくと生じるデメリット
前科がついたとしても日常生活で特段の制限を受けるわけではありませんが、時と場合によっては一定の不利益を受けることもあります。
ここでは、前科がつくことでどのようなデメリットが生じるのかについてご説明します。
(1)就けない職業がある
前科があると、多くの国家資格において資格のはく奪や停止がなされ、その職業に就けなくなってしまいます。たとえば以下の職業は前科があると就けません。
- 医療関係(医師、看護師、歯科医師、歯科衛生士、薬剤師など)
- 国家・地方公務員、教員
- 士業(弁護士、司法書士、行政書士、公認会計士、税理士など)
- 建築関係(一級建築士、建設業者、宅地建物取引士など)
- 警備業者・警備員
資格のはく奪、停止となる条件はそれぞれ異なります。現在の職業や目指している職業について、念のため確認しておくとよいでしょう。
資格制限のない職業に関しては、前科があっても就くことは可能です。
もっとも、採用の際に尋ねられたら正直に答えなければならず、履歴書の賞罰欄には前科について書かなければなりません。
もし嘘をつくと経歴詐称となり、就職後に解雇されてしまうおそれがあります。
以上より、前科があると仕事の継続や就職に支障が出てしまう可能性が十分あるといえます。
(2)一時的に選挙権を行使できなくなる
禁錮や懲役の判決を受けると、その刑の執行が終わるまでは選挙権、被選挙権が認められなくなります。
選挙権とは投票する権利で、被選挙権とは立候補する権利です。
このように、前科の内容によっては政治に参加する機会を逸することになってしまうのです。
(3)海外渡航にも影響がある
前科があると海外に行けなくなってしまうことがありえます。
渡航先の国が、前科がある人の入国に対して厳しい態度をとっているケースがあるためです。
たとえばアメリカの場合は、ビザが必要となり、審査に通らなければ前科がある人は入国できません。
犯罪や刑罰の内容にもよりますし、すべての国に行けなくなってしまうわけではありません。
自分が行きたいと考えている国があれば、一度確認してみてください。
(4)他の人にはバレる?
前科の有無について、一般の人が直接確認することはできません。
前科調書や犯罪人名簿は一般には公開されていないためです。これらの記録から、前科が他人に発覚することはありません。
もっとも、逮捕や裁判について実名つきでニュースになっていれば、話は別です。
インターネット上に残っている情報から知られてしまうリスクは十分にあります。
就職先の会社に直接聞かれなかったとしても、気づかないうちに知られている可能性があるのです。
(5)時間が経てば消える?
前科が消えるかどうかは、前科調書と犯罪人名簿で扱いが異なります。
まず、検察庁で管理される前科調書の記録は一生消えません。
前科調書は、後に別件で捜査の対象とされた場合に参照されるものです。
犯罪内容が似た前科があると刑が重くなりやすいため、前科の影響が一生続いてしまうといえます。
これに対して、市町村が管理する犯罪人名簿の記録は消えます。以下の期間が経てば刑の言渡しの効力が消滅し、削除の対象となるためです(刑法第34条の2、第27条)。
- 禁錮・懲役の場合:刑の執行終了後、罰金以上の刑に処せられず10年経過
- 罰金の場合:刑の執行終了後、罰金以上の刑に処せられず5年経過
- 執行猶予の場合:執行猶予を取り消されずに執行猶予期間が経過
上記期間が経過すれば、選挙権や各種資格は復活します。
4、交通事故で前科をつけないためには被害者と示談をするべき!
同じような内容の交通事故であっても、事故後の対応次第では前科がつく可能性を下げることもできます。そのために最も重要なポイントは、被害者と示談をすることです。
ここでは、交通事故で示談をする意味や、示談交渉におけるポイントについてご説明します。
(1)示談がまとまれば不起訴になる可能性が上がる
示談とは、当事者間で話し合って民事上のトラブルを解決することです。
一般的には加害者が相応の示談金を支払い、被害者からの許しを得ることを合意します。
刑事事件で起訴するかどうかを決めるのは検察官ですが、示談金の支払いによって被害の回復が図られ、被害者も処罰を望んでいないとなれば、「処罰する必要性が低い」と判断され、不起訴処分となる可能性が高まります。
不起訴となれば、前科もつきません。
交通事故の場合、通常は保険会社を通じて示談をしますが、被害者の許しを得るためには加害者自身も誠心誠意対応することが重要です。
(2)反省を示すことも必要
被害者に対して謝罪し、反省の態度を示すことも重要ですが、それと並んで、警察官や検察官に対して反省の態度を示すことも重要となります。
反省の有無は再犯のおそれの有無にも関わるので、検察官が起訴するかどうかを判断するための重要な要素のひとつです。
もっとも「反省しています」と口で言うだけでは十分に伝わりません。
ときには反省を示すために具体的な行動をすることも必要になります。
たとえば、車を処分する、免許を返納するなどです。
そこまでする必要があるかは事案によりますが、起訴されるか微妙なケースでは意味を持つことがあります。
5、交通事故で前科をつけたくなければ弁護士にご相談を
重大な交通事故や悪質な違反をしてしまった場合には、早急に対処することが肝心です。
しかし、前科を回避するための行動を個人で適切に行うことは難しいものです。
前科をつけたくないのであれば、逮捕前または起訴される前に、弁護士に相談し、専門的なサポートを受けることが有効です。
(1)被害者との交渉をまかせられる
弁護士に依頼すれば、被害者との示談交渉をまかせることができます。弁護士は交渉のプロであり、円満解決に向けて力を尽くします。
「自分でやればよい」「保険会社にまかせていればいいのではないか」とお考えになるかもしれません。
しかし、被害者がお金の問題ではなく、感情を重視している場合には示談が難しくなることもあります。
事故直後の対応に被害者が不満を抱いているケースなどでは、弁護士に依頼して交渉するのが、前科を避けるのに有効な手段です。
(2)早めの依頼が重要
弁護士に依頼するのであれば、早めがベストです。
起訴するかどうかの判断は、いつまでも待ってもらえるものではありません。
時期が来て起訴されれば、前科がついてしまうことになります。
早期に弁護士を入れて、時間に余裕を持って対応しましょう。
交通事故の前科に関してのQ&A
Q1.そもそも前科とは?
前科とは、刑事裁判において有罪判決を受け、確定した経歴のことを指します。
たとえば「懲役○年」といった判決が確定すると前科がつきます。
執行猶予がついたり、略式命令による罰金にとどまったりした場合でも、有罪判決を受けたことには変わりありません。
そのため、執行猶予や罰金になり、刑務所に入っていなくても「前科持ち」となってしまいます。
Q2.前科がつくと生じるデメリットは?
・就けない職業がある
・一時的に選挙権を行使できなくなる
・海外渡航にも影響がある
前科がついたとしても日常生活で特段の制限を受けるわけではありませんが、時と場合によっては一定の不利益を受けることもあります。
Q3.交通事故で前科がつくのはどんな場合?
前科がつくのは、刑事裁判で有罪判決を受けた場合です。交通事故を起こした場合も刑事裁判の対象となることがあり、その場合は前科がつく可能性があります。 ここでは、交通事故で前科がつきやすいケースをご紹介します。
(1)悪質な違反だと可能性が高い
①人身事故を起こして自動車運転処罰法が適用されるケース
・過失運転致死傷罪(自動車運転処罰法第5条)
・危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法第2条)
②道路交通法違反が適用されるケース
道路交通法違反によって前科がつくこともあります。道路交通法とは、運転する際のルールを定めた法律です。
たとえば、ひき逃げ、飲酒運転、無免許運転などです。速度違反でも一定の範囲を超えると刑事事件の対象となるので注意が必要です。
まとめ
ここまで、交通事故における前科について、デメリットや対処法などを解説してきました。
交通事故では、誰もが前科持ちになる可能性があります。
できるだけ早めに対応して不起訴処分の獲得を目指しましょう。