「無断で残業している」
「勝手に残業している」
だから残業手当は出せない?!
一生懸命仕事しているのに、上司にそう言われて愕然としたことはないでしょうか。
無断残業でも、残業代が出るケースはあります!
今回は、
- 残業承認制(残業許可制)の会社で承認・許可を得ず無断残業をする理由
- 無断残業でも残業代を請求する方法
- 無断残業の社風を改革する手順
について解説していきます。ご参考になれば幸いです。
残業代がもらえないかも…?とお悩みの方は以下の関連記事もご覧ください。
目次
1、無断残業が問題となるケースとは
無断残業はどのような場合に問題になるのでしょうか。
よくある事例を確認してみましょう。
(1)残業をするのに上司の承認が必要
無断残業が問題となる会社とは、残業承認制(残業許可制)をとる会社です。
すなわち上司が承認しなければ残業を認めない、といった制度をとっている会社です。
就業規則の規定は例えば次のようになります。
まず、ご自身の会社の就業規則を確認してみましょう。
【就業規則規定例1】
第〇条 社員が所定労働時間を超えて労働する場合には、その必要性を明示したうえで、時間外労働の可否と予定時間につき事前に会社の許可を得なければならない。
ただし事前の許可を得ることが困難な場合には、事後に承認を受けなければならない。
2 社員が前項の手続きをとらずに時間外労働を行った場合、会社は、原則としてこれを時間外労働と認めない。
【就業規則規定例2】
第〇条 会社は業務上の必要性がある場合、所定労働時間外の労働を命じることがある。
2 従業員がやむを得ず時間外労働を行う場合には、従業員は、事前に所属長に申し出て、許可を得なければならない。従業員が、会社の許可なく時間外労働を実施した場合には、会社は、当該時間外労働時間については、通常賃金及び割増賃金は支払わない。
(2)残業承認制(残業許可制)をとる理由
残業承認制(残業許可制)をとる会社は、人件費のコントロールに力を入れている会社が多いです。
また、会社が次のように考えていると思われます。
- 残業の発生はそもそもレアケースであり、残業をしなくても業務は処理できるはず
- たとえ残業が必要だとしても、会社が承認する範囲の残業時間で仕事はこなせるはずだから、それ以上の残業になることはありえない
(3)残業承認制(残業許可制)の会社で残業が発生する原因
そのようなな会社であるはずなのに、なぜ現実では承認を受けない残業が発生しているのでしょうか。
常況として残業が続く場合は、会社の建前と現実がかみ合っていないことが考えられます。
時代の流れ、社員の入れ替わりなどにより会社が変わっているにも関わらず、昔のやり方が残ってしまっているのかもしれません。
また悪質なケースでは、会社はこの時間内で仕事が片づくはずがないと知りながら、残業代を減らすために無理を言っている可能性もあります。
一方では、社員に問題があるケースもあります。
業務上の必要性がない「つきあい残業」、マネージメントが機能していない「(一定のメンバーへの)偏り残業」などです。
残業承認制(残業許可制)の会社の場合は、今一度、社員の側で残業を解消できないものか、部署やチーム単位で確認をしておきましょう。
2、残業承認制(残業許可制)の会社なら無断残業をやめて承認(許可)を得よう
残業承認制(残業許可制)の会社でも、必要な手続きを取れば残業はできるのであり、「無断残業」にはならないはずです。
ところが、承認や許可の手続きを取らずに残業している事例がよく見受けられます。
なぜそのようなことが起こるのでしょうか。
(1)残業承認制(残業許可制)の会社で承認・許可を得ない理由
残業承認制(残業許可制)の会社で、社員が定められた承認手続きを取らずに残業し、残業時間の申告もしない場合とは、例えばこんな場合が考えられます。
①サービス残業(ヤミ残業)が当たり前の社風
「うちの会社残業代とか出ないから」
などと先輩から言われ、「残業代」という言葉自体がない世界になっていませんか?
こうなれば残業しても申告しないのが当然、上司も先輩もそれが当然と思っていて、疑問に思う人がいても口には出せません。
②申告できる時間に上限が設けられている
例えば残業の申告は月20時間までとする、といったことが就業規則で定められていたり、上司の指導などで現実のルールとなっている場合です。
これを超えて申告しようとしても上司が残業を認めない、月20時間を超えた残業は勝手にやっていたのだ、として承認を拒否することがあります。
社員も泣く泣く上司の指示に従って、月20時間以内の申告に留めてしまうのです。
上司の雰囲気を汲み取って、社員自ら申告しない人も多いかもしれません。
③自分の能力不足と思っている
若い社員などで、所定時間内に仕事が片付かないのは自分の能力不足だから残業の申告を控える、という意識の人も少なくありません。
(2)サービス残業の社風は改革を
(1)のような、実際に残業していながら上司の承認がないから申告しない、というのはいわゆるサービス残業・ヤミ残業です。
このような会社では、会社の定めた労働時間の基準が現実と一致していないことが考えられます。
現実にご自分の業務の所要時間はどれだけでしょうか。
業務単位ごとの所要時間と一日や一か月の業務量を把握して、必要な労働時間を計算してみましょう。
それにより会社が承認する労働時間の範囲ではとてもこなせない量だというなら、会社に対してその旨を主張すべきです。
とはいえ、客観的に必要労働時間を計測するのは、社員にとって決して簡単な問題ではありません。
対応の仕方については後述します。
(3)残業時間の制限は原則禁止
(1)②で述べたような自己申告できる労働時間に上限を設けるというのは、厚生労働省のガイドラインではっきり禁止されています。
会社の人事担当者でもよく知らない人が見受けられますので、働く方はしっかり把握しておきましょう。
「使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならない」
さらに、働き方改革の中では罰則付きの時間外上限規制が導入されています。
サービス残業・ヤミ残業は罰則逃れの違法行為と見られかねない問題です。
この点もはっきり認識して、会社との交渉でも持ち出してみてよいでしょう。
(4)「能力不足」の概念は捨てる
自分の能力不足で時間外になったのだから、時間外労働の承認を受けずにサービス残業しても仕方ない、そんな考えの人はいませんか。
これはとんでもない間違いです。
労働法の基本に立ち返れば、労働者(社員)は労務を提供し、その対価として賃金を得るのです(労働契約法第2条1項など)。
そして、労働時間とは会社の指揮命令のもとで労働していた時間を指します。
これは判例で明確になっています(最一小判平12.3.9三菱重工業長崎造船所事件)。
会社は、社員の提供する労働時間を自らの指揮命令のもとに用いて事業を行っています。
社員が非効率な働き方をしているというのなら、会社の指揮命令の仕方に問題があるのです。
さらに、まだ若くて能力が不十分な社員なら、会社としてはまずそれに見合う業務に従事させ、一方では能力の開発に努めてさらに高度な業務に従事できるように育成していくのです。
この点が、仕事の完成により対価を得る請負契約との大きな相違です。
若い社員なら今後の育成を考えてそれなりの賃金を支払って雇用を維持し、将来を期待しているのです。
仕事ができないというのは、仕事のさせ方・与え方が不適切ということかもしれません。
あるいは能力開発の一歩として、多少の非効率に目をつぶってその業務に従事させている、即ち将来に向けた教育投資の時間ということでしょう。
仕事上使う技術も、慣れてなければ(未経験であれば)できないのは当たり前です。
慣れるまでの時間も「労働時間」なのです
社員が会社の指揮命令のもとに提供した労働時間に見合った賃金の支払いを受けるのは、労働契約上当然の権利です。
もしも、いつまでも一人前になれない、というなら、会社の育て方が不適切なのです。
とはいえ、一方では、若い社員が不慣れなままに、無用に高品質の丁寧な仕事を目指して、無駄な時間を費やしている可能性もあります。
例えば、社内会議の検討のたたき台にメモを作ってほしいと言われたのに、やたらに見栄えにこだわったパワーポイントを作る、といったことです。
これも、上司の指示が適切でなかった場合もよく見受けられます。
どのような目的でどの程度の内容のものをいつまでに仕上げる必要があるか明示せずに「これやっといて!」と仕事を丸投げしてしまう。
若い社員が自分の能力不足だと思い込んで泣く泣く残業時間を申告せずに残業し、さらには家に持ち帰って作業を続ける、やっとのことで上司に提出して上司から「そんな丁寧な仕事にどれだけ時間をかけたのだ、メモでいいのに」等と呆れられる、そのようなこともあり得ます。
これも上司の指示不足が根本原因です。
上司と部下のコミュニケーション不足が、それに輪をかけているのです。
「無断残業だから残業手当の対象としない」というのは適切ではないでしょう。
3、無断残業でも残業代を請求する方法
「就業規則で残業承認制(残業許可制)を定めているから、承認を得ない残業は社員が勝手にやったものだ。残業手当は払わない。」
会社がそう主張してきたらどのように対抗すべきでしょうか。
会社が残業承認制(残業許可制)を取っていて、所定の手続きがなされずにされた残業であったとしても、この残業に費やした時間が労働時間に該当するとして、残業手当の請求が認められた裁判例があります。
前述のとおり、そもそも労働時間とは会社の指揮命令のもとで労働していた時間です。
そのため、「残業が会社の指揮命令のもとで行われたこと」をどのように証明するかがポイントになります。
所定の承認(許可)がないのですから、黙示の承認・許可があったことを証明する必要があります。
裁判例では、残業承認制(残業許可制)であっても、労働者がその所定労働時間に終えることができないような業務を与えられていたような場合などには、黙示の承認・許可があったと認定されています。
以下のような行政解釈もあります。
「使用者の明白な超過勤務の指示により、または使用者の具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の勤務時間内ではなされ得ないと認められる場合の如く、超過勤務の黙示の指示によって法定労働時間を超えて勤務した場合には、時間外労働となる」(昭25.9.14基収2983号)
残業承認制における無承認の残業の労働時間該当性について、肯定した裁判例と否定した裁判例の2つをご紹介します。
(参考)かんでんエンジニアリング事件(大阪地判平16.10.22)
こちらの事案では、就業規則で事前の承認を受けていない時間外労働について、残業代を支払わない旨規定されていました。
しかし、労働者がその所定労働時間に終えることができないような業務を与えられていたこと、時間外労働の申告を抑制していたことからすれば、使用者の黙示の承諾が認められると判示して、時間外労働の労働時間性を肯定しています。
(参考)ヒロセ電機事件(東京地判平25.5.22)
こちらの事案では、就業規則で時間外勤務は所属長が命じた場合以外は認めない旨規定されていました。
その上で、使用者の時間外勤務命令書には注意事項として「所属長命令の無い時間外勤務の実施は認めません」と明記されており、このことについて使用者が労働者に対して説明したうえで、労働者が本人確認印を押印していることからすれば、使用者においては承諾なき時間外労働を明示的に禁止しており、労働者もこれを認識していたとして、時間外労働の労働時間性を否定しています。
裁判例を踏まえたうえで、社員の立場としては、次のような方法で黙示の承認・許可の証拠とすることが考えられます。
(1)業務日報や作業報告書などに残業時間を記載する
これらの日報や報告書を会社が受け取っている以上は、会社が承認・許可していることの有力な証拠となります。
また、所定労働時間内にその業務を終了させることが不可能であったことを証明する際の有力な証拠にもなります。
(2)時間外労働を会社が予定していた。
作業指示書やマニュアル等で時間外労働の予定が記載されていれば、会社の指揮命令による時間外労働そのものです。
(3)パソコンなどのログオン・ログオフ記録、時間外や休日のメール記録、入退出記録などを保存する。
これらも現実の労働時間の客観的な記録となります。
前述の厚生労働省ガイドラインでも、労働時間の客観的な把握方法として「タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること」と明記されています。
時間外や休日のメール記録はガイドラインには載っていませんが、メールに業務内容が記載されていれば、会社の指揮命令のもとで労働していたことが立証しやすいでしょう。
「休日のメール」というのは、仕事を持ち帰って休日に自宅で仕事をしていた時の立証手段という意味です。持ち帰り残業の立証は容易なことではありませんが、メール記録など会社の指揮命令下の時間であったという視点で立証手段を考えてみてはいかがでしょうか。
4、無断残業の社風を改革する手順
もしも、会社が「サービス残業体質」であるならば、あなたの残業代の請求だけでなく、他の社員のためにも社風改革をしてみてはいかがでしょうか。
とはいえ、あなたが1人で行動するのは大変でしょう。
協力者を募りましょう。また、ネットの貴重な情報も活用しましょう。
「社風改革」と身構えるよりも、生産性向上のための地道な一歩を着実に進めましょう。
以下はひとつの提案としてお考えください。
(1)協力者を募る
まず頼りになる先輩や同僚と一緒に行動するのが適切でしょう。
ちょっと困ったことがあります、といった軽いタッチで入るのはいかがでしょうか。
(2)事実を正確に記録する
①上司と仕事内容を具体的に共有
具体的な仕事において、仕事の優先順位、期限、完成度について、上司とすり合わせます。
こうすることで、独りよがりな仕事をしないことができますし、上司にもそれが明確になります。
②作業途中で中間報告
完成まで時間がかかる作業であれば、中間報告が大切です。
「ここまで〇時間と思っていましたが、予想外に時間がかかりました。作業見積が問題だったと思います。」
その時も先輩・同僚にも入ってもらうのが望ましいでしょう。「こんなふうにしてみませんか。こんなノウハウがありますよ。」等とアドバイスをもらえるかもしれません。
こうすることで、無駄のないベストな手順で作業を進めることができます。
(3)残業申請をする
ここまで手順を踏んだ仕事であれば、そこで残業となった場合、承認しない上司はいないでしょう。
もし承認しないのであれば、それは急ぎの仕事ではないのです。
(4)信頼できる上司に提案
このような手順を踏んで、それでも残業承認を渋る会社であれば、いよいよ改革が必要です。
この時は、信頼できる上司に残業承認がされるべきことを相談してみてください。
実は、会社にとって、従業員の労働時間を正確に把握することは経営上とても大切です。
残業代を減らすためにここをごまかしていては、結局
- 有能な人材を確保できない(退職者を減らせない)
- 過労死問題へつながる
といった、人事労務上重大な問題を抱えることになります。
会社の今後のためにも、正確な労働時間の把握は大切なのだと訴えてみましょう。
5、無断残業で困ったときの相談先
会社の中で解決できない、上司に話しても埒が明かない、そのようなときには次の相談先を頼ってみましょう。
(1)労働組合
労働組合がある会社なら相談してみましょう。
労働時間の適切な管理の問題は労働組合として必須の取組み事項です。
残業承認制(残業許可制)の就業規則が適切なのか、運営が適切に行われているのか、という大事な問題です。
すぐ解決できない場合でも、問題があることを情報として伝えていくことは必要です。
なお、労働組合がない会社でも地域の合同労組(ユニオン)が活発に活動していることがあります。
これも一つの選択肢です。
(2)労働局総合労働相談コーナー
職場のトラブルに関するご相談や、解決のための情報提供をワンストップで行っている機関です。
電話相談も可能です。労働基準法等の法律に違反の疑いがある場合は、行政指導等の権限を持つ担当部署(労基署など)にも取り次いでくれます。
(3)労働基準監督署
賃金、労働時間、解雇などの法令違反などについて相談したいときの窓口です。
(4)弁護士
一気に解決したい場合は、弁護士です。
社風改革の相談からあなたの残業代回収まで、幅広く相談することが可能です。
残業代の計算をするだけでも一苦労。そんな手間暇も一手に引き受けてくれます。
また、上記のどの窓口に相談をするにしても、会社と交渉をしたり法的措置をとる際には弁護士の力が必要になる場合が多いということは、ぜひ理解しておいてください。
労働問題でお困りなことがありましたら、労働問題に詳しい弁護士を探しましょう。
無料相談を受け付けている事務所も増えていますので、ぜひ弁護士に相談してみてください。
まとめ
無断残業の問題は、残業代の取りはぐれをなくす、というだけの問題にとどまりません。
これを契機に仕事の進め方、社員の能力アップや育成の仕方、業務の効率化、生産性の向上など、さまざまな前向きの対応のきっかけになる問題です。
働き方改革で罰則付きの時間外上限規制が盛り込まれたのも、本来はそのような趣旨なのです。
働き方改革実行計画の次の言葉をもう一度かみしめてみてください。
長時間労働は、構造的な問題であり、企業文化や取引慣行を見直すことも必要である。『自分の若いころは、安月給で無定量・無際限に働いたものだ。』と考える方も多数いるかもしれないが、かつての「モーレツ社員」という考え方自体が否定される日本にしていく。労使が先頭に立って、働き方の根本にある長時間労働の文化を変えることが強く期待される。