取締役は、会社の経営を担う役職です。複数の取締役がいる会社においては、それぞれの取締役が経営についての責任を負っています。
当初は経営陣の全員が経営方針に合意していたとしても、やがて意見が分かれてくることもよくあります。そんなとき、少数派の意見を持った取締役が突然、解任されることも珍しくはありません。
取締役を解任され納得がいかないのなら、解任の無効を訴えるか、会社に対して損害賠償を請求するか、どちらかを検討することになります。ただし、この2つは必ずしも自由に選べるわけではありません。
そこで今回は、
- どのような場合に解任の無効を主張できるのか
- 解任の無効や損害賠償を請求の手続き方法とは
- 取締役の解任によって請求できる損害賠償の範囲
について解説していきます。
意に反して取締役から解任されてお困りの方のご参考になれば幸いです。
目次
1、取締役を解任されたときに会社に請求できる2つのこと
取締役が会社から解任されたときの対処法は、解任の効力を争うことが可能かどうかによって異なります。
解任の効力を争うことが可能な場合は、解任が無効であることを主張し、自分が引き続き取締役であることの確認を請求することができます。
一方、解任の効力を争うことができない場合は、会社に対する損害賠償請求を検討するしかありません。
以下、それぞれの場合に分けてご説明します。
(1)解任の効力を争える場合
会社と取締役との法律関係は、民法上の「委任」の当事者という関係にあります。
第330条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
引用元:会社法
取締役は労働者のように会社と雇用契約を結んでいるわけではないので、労働関係法令によって地位が保護されるわけではありません。会社法では、株主総会の決議によっていつでも取締役を解任できると定められています(会社法第339条第1項)。
第339条 1項 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
引用元:会社法
ただし、解任を決議した株主総会の手続きに不備があれば、解任が無効となる場合があります。
その場合は、会社に対して株主総会決議の無効を主張した上で、取締役としての地位の確認を請求することになります。
(2)解任の効力を争えない場合は損害賠償請求
一方、解任の決議をした株主総会の手続きに不備がない場合は、解任の効力を争うことはできません。
ただし、解任によって損害を受けたときは、解任について正当な理由がある場合を除いて、会社に対して損害賠償を請求することができます(会社法第339条第2項)。
第339条 2項 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
引用元:会社法
2、取締役の解任の効力を争う方法
会社から解任されても取締役の地位にとどまりたい場合は、解任の効力を争わなければなりません。
では、解任の効力を争うにはどうすればよいのでしょうか。
(1)解任手続きに問題がないかを確認する
取締役の解任は、株主総会の決議によらなければなりません(会社法第339条第1項)。したがって、解任の効力を争うためには、解任の決議をした株主総会の手続きに問題がないかを確認する必要があります。
取締役会設置会社の場合、株主総会の決議は以下のステップを踏んで行われます。
- 取締役会で株主総会の招集を決議する
- 株主総会の招集手続きを行う
- 株主総会を開催し、審議の上で決議する
以上のステップのうちのいずれかに不備がある場合は、株主総会決議の効力を争える可能性があります。
取締役を解任する株主総会決議の効力を争うには、「株主総会決議不存在の訴え」または「株主総会決議取り消しの訴え」のどちらかを行うことになります。
なお、取締役会非設置会社においては、若干、手続きが異なるのでご注意ください。以下、取締役会設置会社の場合について説明を続けます。
(2)株主総会決議不存在の訴え
以下のいずれかに該当する場合は、株主総会決議の不存在を主張することができます。
- そもそも株主総会が開催されていないにもかかわらず、開催された上で決議がなされたような株主総会議事録が作成されている場合
- 実際に株主総会が開催されて決議がなされたものの、決議の手続きに著しい瑕疵がある場合
株主総会決議の不存在を主張するに当たっては、訴えをもって請求すること、つまり裁判をすることが可能です(会社法第830条第1項)。
第830条 1項 株主総会若しくは種類株主総会又は創立総会若しくは種類創立総会(以下この節及び第九百三十七条第一項第一号トにおいて「株主総会等」という。)の決議については、決議が存在しないことの確認を、訴えをもって請求することができる。
引用元:会社法
決議の手続きに著しい瑕疵がある場合としては、以下のようなケースが考えられます。
①取締役会の決議がなく、代表取締役以外の(代表権のない)取締役が株主総会を招集した場合
取締役会設置会社が株主総会を招集するためには、原則として取締役会で招集を決議した上で、代表取締役が招集する必要があります。
それにもかかわらず、取締役会の決議もなく、かつ代表取締役でない(代表権のない)取締役が株主総会を招集した場合は、手続に著しい瑕疵があり、株主総会決議不存在の理由となります。
なお、取締役会の決議なしに代表取締役が招集した場合や、取締役会の決議はなされたものの代表取締役でない取締役が招集したような場合には、著しい瑕疵とまでは考えられていません。
その場合は、「株主総会決議取り消しの訴え」の対象となります。
②株主総会招集通知が発送されなかった場合
株主総会を開催するに当たっては、原則として株主総会開催日の2週間前までに、開催日時や場所、議題などを記載した書面(招集通知)を株主に発送しなければなりません(会社法第299条第1項)。
招集通知が発送されなかった場合、通知されなかった株主には総会への参加や準備の機会を与えられなかったことになってしまいます。
そのため、招集通知漏れが著しい場合は、決議の手続きに著しい瑕疵があると考えられます。このような場合には、たとえ実際に株主総会で決議がなされたとしても、その決議は不存在と評価されることになります。
(3)株主総会決議取り消しの訴え
株主総会決議の手続きに著しい瑕疵はない場合でも、以下の事由があるときは、決議の取り消しを求めることができます(会社法第831条第1項)。
第831条 1項
一 株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二 株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三 株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。
引用元:会社法
なお、株主総会決議の取り消しを求める場合には、訴訟をすることが必要です。取り消しを裁判所に訴えるには、株主総会決議の日から3か月以内に訴えを提起する必要があります(会社法第831条第1項)。
取締役の解任決議の取り消しを訴えることができる場合としては、主に以下のようなケースが考えられます。ただし、以下のケースに該当する場合であっても、違反する事実が重大でなく、かつ決議に影響を及ぼさないと認められる場合には、裁判所によって請求が棄却される場合があります(会社法第831条第2項)。
- 解任する取締役に対して取締役会の招集通知が行われなかった場合
- 取締役会設置会社で「書面」ではなく「口頭」で招集された場合
- 招集通知が2週間前までに発送されなかった場合(非公開会社では1週間前まで)
- 取締役を解任することについて、株主に対して説明義務が尽くされていない場合
3、取締役を解任されたことによる損害賠償請求の手続き方法
取締役の解任を決めた株主総会決議の手続きに問題がない場合は、残念ながらその決議の効力を争うことはできません。したがって、取締役の地位にとどまることもできないということになります。
ただし、この場合は、会社法第339条第2項に基づいて、会社に対して損害賠償を請求できる可能性があります。
(1)解任に「正当な理由」があるかを確認する
取締役を解任されたことで損害賠償の請求ができるのは、解任によって損害を受けた場合で、かつ、解任に正当な理由がない場合です。
そこで、どのような場合に正当な理由が認められるのかについてご説明します。
(2)正当な理由が認められるケース
裁判例では、会社法第339条第2項にいう「正当な理由」が認められる場合として、以下の3つのケースが挙げられています(東京地裁平成25年5月30日判決)。
- 不正行為や、法令または定款に違反する行為があった場合
- 経営に失敗したことにより会社に損害を生じさせた場合
- 経営能力が不足しており、客観的な事情から判断して将来的に会社に損害を与える可能性が高いといえる場合
その他にも、健康上の理由などにより取締役の職務の継続が難しいような場合にも、正当な理由があると判断されるでしょう。実際に、持病の悪化のため療養に専念している取締役を解任したという事例で、正当な理由を認めた最高裁判例があります(最高裁判昭和57年1月21日判決)。
(3)正当な理由が認められないケース
一方、単に株主や他の取締役と経営方針が異なるというだけでは、正当な理由として認められません。
また、経営能力の不足も、その程度によっては正当な理由とまではいえないケースも考えられます。
結局、当該取締役の行為によって会社が被った損害、今後の経営に与える影響の程度や、取締役の落ち度の有無や程度といったような事情が、正当理由の判断に影響してくるでしょう。
(4)正当な理由がなければ会社と交渉または訴訟
解任に正当な理由がない場合は、会社に対して損害賠償を請求しましょう。
その方法としては、まずは内容証明郵便を会社宛に送付し、請求する金額と理由を明確に会社に伝えるのが通常です。その後、会社と交渉をします。
交渉がまとまらないか、そもそも会社側が交渉に応じない場合は、訴訟によって損害賠償を請求することになります。
4、取締役の解任によって賠償請求できる損害の範囲
次に、取締役の解任によって損害賠償請求をする場合、どのような範囲の損害について賠償請求が可能なのかについてご説明します。
(1)任期満了までの役員報酬
会社に対して賠償請求できる損害は、原則として、その取締役が解任されなければ在任中および任期満了時に得られたはずの報酬相当額となります。
例えば、役員報酬が月額100万円で、任期が6ヶ月残っている場合は、600万円の損害賠償請求が可能となります。
(2)任期満了までの役員賞与
月額の役員報酬とは別に、役員賞与が支払われている場合もあるでしょう。取締役の解任による損害に任期満了までの役員賞与が含まれるかについては、裁判例でも判断が分かれています。
これについては、解任されなければ支給された蓋然性が高い場合には、損害に含めて賠償を請求できる可能性があります。
(3)退職慰労金
役員の任期満了時に支払われる退職慰労金についても、裁判例の判断は分かれています。
役員賞与の場合と同様、解任されなければ支給された蓋然性が高い場合には、損害に含めて賠償を請求できる可能性があります。
(4)慰謝料
慰謝料については、取締役の解任による損害としては認められないのが通常です。
取締役の解任手続きを適法に実践している以上、会社に不法行為は認められないからです。
(5)弁護士費用
訴えを起こすための弁護士費用も、通常は認められません。
不法行為に基づく損害賠償請求訴訟では弁護士費用も、すべてではないにせよ損害として認められますが、取締役の解任による損害賠償請求は、原則として会社の不法行為に基づくものではないからです。
5、取締役を解任されたら弁護士に相談しよう
ここまでご説明してきたとおり、取締役を解任されたら、まず解任の手続きに問題がないかどうかを確認します。問題がなければ、次は解任に正当な理由があるかどうかを確認することになります。
これらの確認には、専門的な法律の知識が必要です。特に、解任に正当な理由があるかどうかについては複雑な事情を考慮して法的な評価を行うことも必要なので、弁護士に相談しなければ正確に判断することは難しいでしょう。
解任の効力を争う場合には、訴訟も必要となる場合がありますが、弁護士に依頼すれば専門的な手続きをすべて任せることができます。
会社に対して損害賠償を請求する場合は、弁護士に依頼すれば交渉を代行してもらえます。訴訟が必要となった場合にも、法律の専門家である弁護士のサポートを受けて有利に進めることが可能になります。
まとめ
会社から取締役を解任される場合、経営方針の相違や能力不足を理由とする場合が多いと思われますが、他にもさまざまな事情で解任される場合があるでしょう。
事情によっては、たとえ解任手続きに問題があったとしても、解任の効力を争わずに損害賠償を請求する方がご自身にとって得策である場合もあるかもしれません。
どのように対応するのが最適であるのかも含めて、一度、弁護士に相談されることをおすすめします。