遺産の使い込みに気づいてしまったら、どう対処すればよいのでしょうか。
被相続人が亡くなって相続が発生した場合には、相続財産は相続人の共有財産となります(民法第898条)。相続人の共有財産である相続財産は、遺産分割協議が完了するまでの間、相続人全員の同意がなければ処分することができません。
しかし一部の相続では、一部の相続人が他の相続人の同意なく勝手に相続財産を処分した結果、相続人同士で紛争が発生してしまうケースが見られます。
また、被相続人の生前に、被相続人から事実上財産の管理を任されていた相続人が、被相続人の承諾なく、財産を勝手に使ってしまう場合もあります。
上記の使い込みに対しては、大きく分けると、相続手続きの中で解決する場合と、別途民事訴訟などによって解決する場合があります。遺産の使い込みは、使い込んだ相続人に対して直接請求してもうまくいかないケースが多いため、早期に弁護士に相談すべき問題です。
この記事では、相続人による遺産の使い込みが判明した場合、他の相続人が取ることのできる対抗策などについて解説します。
遺産相続のトラブルについて知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
目次
1、遺産の使い込みにはどう対処すればいいの?
この項では、相続開始前と後に分けて、相続人による遺産の使い込みが行われていたことが判明した場合に、他の相続人が取ることのできる対抗策について解説します。
(1)相続開始前の使い込みに対して
①遺産分割協議において特別受益として計算する
一部の相続人による使い込みについて、被相続人が承諾していた場合には、使い込んだ額について生前贈与があったとして、使い込んだ額について、特別受益として相続財産に持ち戻して計算することができます(民法903条)。
特別受益の持ち戻し計算を行うと、使い込みがなかったと仮定した状態での相続財産を前提として、相続分や遺留分が計算されるので、使い込まれた財産を実質的に取り戻すことができます。
②不当利得返還請求、不法行為に基づく損害賠償請求を行う
一部の相続人による使い込みについて、被相続人が承諾していない場合には、その使い込みについて、被相続人は、使い込みを行った相続人に対し、不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求を行うことができます。
被相続人が亡くなり、相続が開始すると、その不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権を相続人は法定相続分に応じて分割して相続します。
被相続人死亡後(相続開始後)に使い込みに気づいた場合は、その分割し相続した不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権を行使して、使い込まれた金額の回収をすることになります。
当事者間の交渉で任意に支払いがなされない場合には、民事訴訟を検討します。
③刑事告訴する
使い込みは、窃盗罪や横領罪に当たる可能性があります。
しかしながら、使い込みを行ったのが被相続人との関係で祖父母や父母、子、孫にあたる場合や同居している親族の場合は、刑は免除されます(刑法244条1項、255条)。
また、それ以外の親族は告訴がなければ起訴できません(刑法244条2項、255条)。告訴権者は被相続人ですが、被相続人の死亡後は相続人が告訴権を承継します。
使い込みを行ったのが親族の場合は、警察は、親族間の争いに介入することや民事の争いに対応することは消極的ですので、通常は上記2つの民事上の解決方法をとることになります。
(2)相続開始後の使い込みに対して
①遺産分割協議において相続財産に持ち戻す
相続開始後で遺産分割前に相続財産を使い込んだ場合、共同相続人は、全員の同意により、処分された(使い込まれた)財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができます(民法906条の2第1項)。そして、この「全員の同意」には、使い込みを行った相続人は含まれません(民法906条の2第2項)ので、その他の相続人の同意があればよいということになります。
つまり、一部の相続人が相続財産の使い込みを行った場合、その他の相続人全員の同意があれば、使い込み前の相続財産の総額を前提とした遺産分割協議を行うことができます。よって、それぞれの相続人の相続分も、使い込み前の総額を前提に計算しますので、使い込みが行われたことによる損害を受けずにすむ可能性があります。
使い込まれた額が相続財産全体のごく一部である場合には非常に効果的であり、また、使い込みを行った相続人の資力による影響を受けにくいため、使い込みがなされたときには、まずこの方法による解決を検討します。
②不当利得返還請求、不法行為に基づく損害賠償請求を行う
相続人は相続財産を共有していますが、その共有持ち分を超えて使い込みを行った場合には、他の相続人は不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を行うことができます。
使い込まれた額が相続財産全体に対して大きな割合を占め、遺産分割の中で解決できない場合にはこの方法を検討します。また、相続人以外の親族や、第三者による使い込みがなされた場合もこの方法を検討することになります。
不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求をするにあたって、まずは当事者間の交渉で任意に支払いを求めますが、それが成功しない場合には、民事訴訟を検討します。
③横領罪で告訴する
相続開始前と同様に、相続開始後の使い込みも、窃盗罪や横領罪に当たる可能性があります。
しかし、ここでも警察は、親族間の争いに介入することに消極的ですので、通常は、上記2つの民事上の解決方法をとることになります。
2、「使い込んでいない」、「被相続人のために使った」などと反論された場合はどうする?
遺産の使い込みを追及された際、遺産の使い込みを行った者が「使い込んでいない」と反論したり、使ったことは認めた場合も「被相続人のために使った」「相続人全員のために使った」など反論したりするのは典型的なパターンです。
反論されずに使い込んだ額を任意に支払うのであれば特に問題なく解決できますが、このような反論をされた場合は、他の相続人としてはどのように対処すべきでしょうか。
(1)証拠を集める
使い込みを行った相続人が反論をしてきた場合、遺産分割調停・審判や民事訴訟を見据えて行動する必要があります。
裁判所の手続きを進める場合は証拠が重要です。まずは被相続人の財産を処分したことや、相続財産を処分(使い込み)したことを示す証拠を集めます。
調停は必ずしも証拠を必要としませんが、使い込みを行ったと疑わしき相続人が使い込んでいないと反論した場合には、証拠を提出しなければ話が進まず、調停委員としても使い込みを前提とした話を進めないことが予想されます。民事訴訟では、証拠がない限り、使い込んだ事実は認定されないと考えてよいでしょう。
相続財産を処分したことを示す証拠としては、代表的には、預金通帳の入出金記録が考えられます。相続人であれば、口座のある金融機関にて被相続人名義の取引履歴を取得することができます。
また、遺産を使ったことについては認めているものの、それが被相続人または相続人全員のためであると反論している場合、後述のように、財産を使った側が、正当な理由を示す証拠をそろえる必要がありますが、追及する側としても、正当な理由がないことを示す資料を集めておきましょう。
- 被相続人や相続人全員の利益とは明らかに無関係の用途に遺産が使われたことを示す領収書
- 使い込み者の説明と食い違うタイミング・金額で遺産が使われたことを示す入出金履歴
- 遺産の使い込みが行われていない状態の相続財産を前提とする遺言書(被相続人が財産の処分を許容していなかったことを示す証拠となる)
証拠の取得方法やどのような証拠が有効に働くかについては、弁護士に相談をすれば有益なアドバイスを得ることができるでしょう。
(2)使い込みではないという「証拠」の提示を求める
被相続人のため、あるいは相続人全員のために使ったというのであれば、いつどのようなことに使ったのか詳しい経緯をヒアリングするだけではなく、証拠の提示を求めましょう。
たとえば領収書や明細、預金通帳の入出金履歴の提示を求めるなどの方法が有効です。
また、被相続人の生前に使い込みが行われたケースであれば、被相続人が遺産を使うことを許可していたことを示す証拠の提示を求めることも考えられます。
遺産の使い込みは、本来無権限の行為なので、遺産を使うことについての正当な理由があると主張する使い込み者の側がその理由を立証する責任を負います。
正当な理由の存在を立証するのに十分な証拠が示されない場合には、引き続き使い込み者に対する厳しい追及を行いましょう。
(3)使い込みの金額によって対応を考える
使い込みを追及するには、調査や請求にかかる時間や弁護士費用などのコストが生じます。調停や裁判へ手続きを進めた場合は多額の費用が生じることもあります。そのため、使い込みの金額がどの程度であるかによって、反論された場合であっても追及するかどうかを決めるのも1つの考え方です。
たとえば数十万〜100万円程度の使い込みの場合は、追及したとしても、調査などにかかる労力や弁護士費用に見合ったリターンが得られないかもしれません。費用倒れに終わってしまっては本末転倒ですので、このような場合には追及をやめることも検討します。どの程度の弁護士費用がかかるかにより判断が変わる可能性もありますので、弁護士に相談し見積もりを取ってみるのもよいでしょう。
他方、数百万円、数千万円と多額の使い込みが行われたケースでは、他の相続人の相続分に対する影響が大きくなります。この場合には、弁護士に依頼して使い込みを取り戻すための追及を行うべきでしょう。
3、使い込まれた遺産(預金)を取り戻す方法は?
使い込まれた預金などの遺産を取り戻す方法の1つが、使い込み者に対して遺産の返還請求・損害賠償請求を行うことが必要です。
これらの請求の根拠としては、大きく分けて①不当利得と②不法行為の2つがあります。
(1)不当利得返還請求
使い込みの被害を受けた相続人は、使い込み者に対して、不当利得返還請求を行い、自己の法定相続分の限りで、使い込んだ遺産を自己に支払うよう求めることができます。
不当利得返還請求については、民法第703条に以下のとおり規定されています。
(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
遺産の使い込みによって使い込み者は利益を得ており、その利益の反面、他の相続人は相続財産の減少という損失を被っているという関係が存在します。
相続開始後の使い込みの場合、使い込みが使い込んだ相続人の相続分を超える場合には、利益には「法律上の原因」がありません。
したがって、使い込み者は相続財産に対して、使い込んだ遺産を現存する利益の限度で返還する義務を負います。
なお、使い込み者が使い込みについて悪意の場合には、使い込んだ額に利息を付した金額を請求したものに対し支払わなければなりません(民法第704条)。
(2)不法行為に基づく損害賠償請求
さらに、使い込みの被害を受けた相続人は、使い込み者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することもできます。
不法行為に基づく損害賠償請求については、民法第709条に規定があります。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
使い込んだ者は、故意または過失に基づく使い込み行為によって相続財産を減少させ、これにより相続人全員に対して損害を及ぼしています。
そのため、使い込みをした相続人以外の相続人は、それぞれ、自己の法定相続分の限度で使い込みをした相続人に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行い、自己に対して支払うよう求めることができます。
(3)不当利得と不法行為は両方同時に主張可能
不当利得と不法行為は、請求の法律構成は異なるものの、どちらも使い込みにより流出した財産を自己に対して支払うよう求めるという点では共通しています。
そのため、使い込みの被害を受けた相続人は、使い込み者に対して、不当利得と不法行為の両方を同時に主張することが可能とされています。
ただし、二重に回収できるわけではなく、民事裁判で請求が認められる場合も、どちらか一方が認められ、使い込まれた遺産の金額の限度で、支払いを得られます。
(4)時効期間について
不法行為に基づく損害賠償請求権は「損害及び加害者を知った時から3年間」(民法724条1号、不当利得返還請求権は「権利を行使することができることを知った時から5年間」(民法166条1項1号)で時効により消滅します。
使い込みに気づいてから3年を超えていれば、不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅しますので、不当利得返還請求権の行使を検討します。
一方で、使い込みに気づかないでいる場合、不法行為に基づく損害賠償請求権は「不法行為の時から20年」(民法724条2号)、不当利得返還請求権は「権利を行使することができる時から10年」(民法166条1項2号)で消滅しますので、この期間も考慮に入れたうえで請求するときの構成を検討します。
いずれにせよ請求には期限がありますので、使い込みに気づいたらすぐに弁護士に相談しましょう。
4、使い込みへの対抗方法は弁護士に相談を
他の相続人により遺産の使い込みが行われたのではないかと疑いを持った場合は、すぐに弁護士に相談することをおすすめします。
相続は親族間の問題であり、他の法律問題よりも感情的な対立が激しくなる傾向にあります。一度もめてしまうと解決まで長時間かかることもありますので、初動がとても大事です。
また、遺産を使い込んだ側が、追及を受けて使い込みの証拠を隠そうとする可能性もあります。もめる前に早期に適切な証拠を収集するのが大事です。
最初から適切に行動し、早期に解決するために、早期に経験豊富な弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
ベリーベスト法律事務所には、相続問題に関する経験豊富な弁護士が多数在籍しています。専門家としての冷静な視点から、問題を解決するためのアドバイスを提供し、解決に導きます。
遺産の使い込みなど、相続問題にお悩みの方は、ぜひベリーベスト法律事務所にご相談ください。
まとめ
遺産の使い込みは、被相続人や他の相続人に無許可で財産を流出させるものであり、被相続人やその他の相続人に対して大きな経済的損害を与える行為です。
遺産の使い込みを追及することについては、追及を行うことのコストと得られる利益、今後の関係などを検討したうえで対応策を決定することをおすすめします。
使い込みを行った者に対して何らかの請求を行いたいと考えている方も、どうするか悩んでいるという方も、まずは弁護士にご相談ください。
ベリーベスト法律事務所では、経験豊富な弁護士がお待ちしております。