会社を辞めたくても自分では会社側に言い出しづらい人や、人手不足などで執拗な引き止めにあってなかなか退職できない人たちの間で「退職代行」というサービスが人気になっています。
退職代行とは、会社を退職したい人に代わり第三者が退職の意思や雇用に関する連絡事項を伝えてくれるサービスのことです。2018年頃から専門の業者が急増し、多くの退職希望者が利用しているようです。また、民間の業者だけでなく、弁護士に退職代行を依頼することもできます。
とはいえ、赤の他人に退職代行を依頼して、本当に問題なく退職できるのだろうかと不安に思う方もいらっしゃることでしょう。
そこで今回は、
- 退職代行の失敗事例とは
- 失敗しない退職代行業者の選び方とは
- 退職代行を依頼するなら民間と弁護士のどちらがよいか
といった内容を解説していきます。
「退職代行に興味があるけれど…失敗するのが怖い」とお考えの方のお役に立つことができれば幸いです。
また、こちらの関連記事では退職代行の概要について詳しく解説しています。安心して利用したいとお考えの方はこちらの記事もあわせてご参考いただければと思います。
目次
1、退職代行での失敗を学ぶ前に〜退職代行とは
まずは、退職代行とはどのようなものか詳しくみていきましょう。
(1)どこまで代行してもらえるかは業者次第
退職代行とは、基本的には「退職する」という意向を勤務先の会社に伝えるサービスのことです。
退職する際には自分で退職届を会社へ提出するのが一般的ですが、退職するという意向さえ伝えれば形式には関係なく退職することができます。このプロセスを本人に代わって行ってくれるのが退職代行です。
ただ、実際に退職する際には、退職の意向を会社に伝えるだけではなく、通常は会社との間でさまざまなやりとりが発生するものです。
退職日をいつにするのか、退職金はいくらもらえるのかなどの退職条件から、私物の引取や貸与物の返還などといった細かなやりとりもあるでしょう。
退職の意向を伝えることに加えてどこまでのやりとりを代行してもらえるかは、業者次第となります。
代行業者の中には、電話1本で会社に退職の意向を伝えてサービス終了というところもあります。
(2)そもそも合法なのか?
退職の意向を伝えてもらうだけなら、退職代行を利用することに法的な問題はありません。
退職代行のサービスは、法律的には私人間の労働契約を解除する意思表示を第三者が代理することになります。この場合、第三者に資格は必要ないので、誰に依頼しても違法の問題は発生しません。
しかしながら、会社とのさまざまなやりとりを仲介してもらうと違法になる場合があります。
なぜなら、弁護士でない者が報酬を受け取って第三者の法律事件に関する交渉を代行することは弁護士法で禁止されているからです。
第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
引用元:弁護士法
退職に関する会社とのやりとりは第三者の法律事件に該当します。そのため、弁護士ではない退職代行業者には、退職の意向を伝えてもらうことや会社の言うことを聞いてもらう程度のことしか依頼することができません。
(3)代行費用の相場
退職代行業者に依頼する際にかかる費用は、3~5万円が相場です。
この金額は、基本的には退職の意向を伝えてもらうだけのサービスにかかる費用です。
最近は業者の急増により価格競争が起こっていて、より低価格で依頼を受ける業者もいます。しかし、安すぎる業者はサービスの質が低かったり、違法であったりするおそれもあるので注意が必要です。
2、退職代行の失敗事例とリスク
お金を払って退職代行を依頼するからには、きちんと退職できなければ意味がありません。
そこで、退職代行で失敗する事例や想定しておくべきリスクをご紹介します。
(1)代行業者の対応を原因とする失敗
まずは、代行業者の対応が原因で失敗する事例をみていきましょう。
①退職が認められない
退職の意向さえ伝えれば退職は可能です。
ただし、会社が退職を認めようとしないためにスムーズに退職できなかったという失敗事例はあります。
通知を無視されたり、引き留められたりするケースです。要は、退職希望者本人と話さなければ退職を認めないということです。
このような失敗事例は、電話1本かけるだけ、通知書1通を送るだけでサービス終了という代行業者を利用した場合に発生しやすい傾向があります。
②懲戒解雇にされる
退職そのものは認められても、懲戒解雇扱いにされてしまったという事例もあります。
会社の言い分としては、弁護士でない退職代行業者とは退職交渉できないため、まず本人との話し合いを求めてきます。本人が出てこなければ無断欠勤扱いとし、無断欠勤が続けば懲戒解雇という取り扱いをするのです。
代行業者を介してでも退職の意向を伝えた以上、懲戒解雇が法的に有効となる可能性は低いでしょう。とはいえ、会社が懲戒解雇の処分をすると、その処分を取り消して通常の退職にしてもらうための交渉が必要になります。
③損害賠償を請求すると脅される
会社に対して突然退職を申し出ると、損害賠償を請求すると脅されるケースもあります。
しかし、従業員が1人退職したところでただちに会社に損害が発生することは、通常は考えがたいです。
最も、損害賠償を請求される可能性はゼロではありません。
裁判例では、入社後すぐに退職し、必要な引き継ぎも行わなかった従業員に対して会社が損害賠償を請求し、70万円の支払いが命じられた例もあります。「ケイズインターナショナル事件」と呼ばれる有名な裁判例です(東京地裁平成4年9月30日判決)。
とはいえ、よほどの事例でない限り、損害賠償請求が認められることはありません。会社としても、従業員1人のために手間と費用をかけて損害賠償を請求することは考えがたいです。
「損害賠償を請求する」というのはほとんどの場合、脅し文句に過ぎません。ただ、代行業者による交渉が不十分なために会社からこのような発言が出ることは考えられます。
④有給休暇を使わせてもらえない
退職の意向を会社に伝えると、原則として2週間後に退職の効果が発生します(民法第627条1項)。その2週間については、有給休暇が残っていれば消化することになります。
ところが、会社が有休消化を認めてくれないケースもあります。会社からの出勤要請に応じて退職日まで出勤すると、職場で嫌がらせや執拗な引き留めを受け可能性も否定できません。
このようなトラブルも、代行業者による交渉が不十分なために発生する場合があります。
⑤退職金や未払い給料を払ってもらえない
退職代行を利用すると、退職金を減額されるケースがあります。最後の給料は会社に取りに来るように要求されたり、未払いの残業代などを支払おうとしない事例もあります。
退職代行を利用した場合でも退職金や未払い給料は正当に支払ってもらわなければなりませんが、そのためには交渉が必要となる場合もあるのです。
(2)想定しておくべきリスク
以下の事例は、退職代行業者の対応が原因の失敗とはいいがたいものです。しかし、退職代行を利用する際には以下のようなリスクがあることを頭に入れておく必要があります。
①退職後に書類を送ってもらえない
退職した後は、離職票や年金手帳などさまざまな書類を会社から受け取る必要があります。しかし、退職代行を利用するとこれらの書類を送ってもらえないという事例があります。
この点についても交渉次第で送ってもらえることもありますが、ハローワークに相談することで解決できることもあります。
②転職先に悪評を流される
突然退職すると、会社が腹いせのために転職先に悪評を流すという事例も発生しています。
退職代行を利用するなら、転職先をもとの勤務先の誰かに教えることは控えましょう。
転職先企業がもとの勤務先に問い合わせた場合はやむを得ませんが、それは頻繁に行われるわけではないようです。
③会社から連絡が来る
代行業者から退職する意向をきちんと伝えても、会社から本人の意向を確認するために連絡が来ることがあります。
代行業者が「本人には連絡しないでください」と求めたとしても、この要求に強制力はないので、会社からの連絡を完全に封じることはできません。
交渉次第で連絡をやめてもらえる場合もありますが、会社から連絡が来る可能性があることは想定しておく必要があります。
④私物を送ってもらえない
退職が認められても、職場にある私物を送ってもらえず、「取りに来い」と言われる事例もあります。
この点についても交渉次第で送ってもらえる場合もありますが、できる限り退職の意向を伝える前日に自分で持ち帰っておいた方がよいでしょう。
3、退職代行業者の選び方で失敗する4つの事例
退職代行で失敗する場合、代行業者の選び方に原因があることもあります。以下の点には注意が必要です。
(1)代金支払後に連絡がとれなくなった
退職代行を装った業者に依頼し、代金を支払った後に連絡がとれなくなり、代行サービスも実行されないという詐欺業者にはご注意ください。
(2)即日対応してもらえなかった
退職代行を利用する場合、依頼した次の日からはもう会社に行きたくないという人が多いことでしょう。しかし、依頼したその日に代行サービスを実行してもらえなければ、翌日も出勤する必要があります。
代行業者が即日対応してくれるかどうかについては、利用前に口コミを確認しておくことが大切です。
(3)アフターフォローをしてもらえない
退職する際には退職の意向を伝えるだけではなく、会社とのさまざまなやりとりが必要になることもあります。
依頼しようと考えている代行業者が会社との交渉まで代行することが可能なのか、間違いなく交渉を代行してくれるのかをあらかじめ確認しておく必要があります。
(4)予想以上の料金を請求された
代行費用の相場は3~5万円とご紹介しましたが、これは退職の意向を伝えるサービスのみの基本料金です。
会社との交渉まで代行を依頼する場合は、追加料金がかかるのが一般的です。
どこまでのサービスを依頼すればいくらの料金がかかるのかを明示している業者を選びましょう。
4、退職代行で失敗する原因とは?
ここまででご紹介したように、退職代行ではさまざまな失敗が発生する事例があります。
ここでは、そのような失敗が発生する原因をご説明します。
(1)サービス内容の確認不足
原因のひとつは、サービス内容を十分に確認しないで依頼してしまうことです。
代行業者の側で「基本料金のみでは会社との交渉を代行することはできません」と明示していても、依頼者の側で「全てを任せられる」と安易に考えて依頼してしまう人もいるようです。
退職の意向を会社に伝えることと、さまざまな事項について会社と交渉することは別であることをしっかりと認識しておきましょう。
(2)自分の義務違反行為
退職前に自分が労働契約上の義務に違反する行為をしている場合は、それを理由として退職金を減額されたり、懲戒解雇扱いにされたりすることがあります。
無断での遅刻や欠勤を繰り返していたり、仕事をさぼったりしているような場合がそれに該当します。
退職代行の利用は違法ではありませんが、在職中の勤務状況なども考えて退職の仕方を検討するべきでしょう。
(3)弁護士と関わりのない代行業者
最も注意が必要なのは、弁護士と関わりのない代行業者を選んでしまうことです。
弁護士の監督を受けつつ非弁行為とならない範囲で会社とのやり取りをする業者であれば弁護士でなくとも問題ありませんが、前述のとおり弁護士ではない者が会社と交渉することは違法ですし、その線引きは非常に難しいので、弁護士に依頼する方が確実でしょう。
非弁行為によるトラブルに後々巻き込まれないよう利用時には注意が必要です。
5、退職代行で失敗しないためには弁護士に依頼を
民間の代行業者も正しく利用する限り悪いものではありません。しかし、失敗しないためには弁護士に依頼した方が安心できます。
退職代行を弁護士に依頼することには、以下のようなメリットがあります。
(1)法律問題についての手続きを代行可能
弁護士は、依頼を受ければ他人の法律事件についての手続きを代行することができます。
退職金の額や未払い給料の支払い、懲戒解雇に対する対応などの法律問題が発生した場合は、弁護士に直接依頼した方が速やかに解決できる可能性が高いといえます。
(2)違法となる心配がない
民間の業者の場合は顧問弁護士がいたとしても、指導監督が不十分なためにスタッフによる対応が違法となるおそれがあります。
違法となれば退職が有効とは認められず、無断欠勤扱いとなる可能性があります。こうなると、最終的に懲戒解雇されて退職金が支給されないことにもなりかねません。
弁護士に直接依頼すれば違法となる心配がないため、安心して手続きを任せることができます。
(3)費用は代行業者と大差ない
弁護士に退職代行を直接依頼する場合の費用は、5万円~7万円程度が相場です。これに加えて、会社との交渉や事務手続きなども併せて依頼すれば追加料金がかかる可能性があります。基本料金において民間業者よりも少し高いですが、民間業者の場合はオプション料金が高額となる場合もあります。
いずれにせよ、民間業者の料金と大差ない費用で弁護士に直接依頼することが可能です。
まとめ
会社を辞めたいと思っても、さまざまな事情で「退職したい」と言い出しづらい場合はあると思います。そのようなときは、退職代行を利用するのも悪いことではありません。一人で悩みながらずるずると出勤し続けて精神的に消耗するよりも、転職活動や新しい仕事にエネルギーを向ける方が得策です。
ただ、代行業者の利用法を誤ると、違法行為に手を貸すことになったり、会社との間でさまざまなトラブルが発生するおそれもあります。退職代行で失敗しないために、まずは弁護士に相談してみることをおすすめします。