銀行預金を相続したが、凍結していて使用できない……。
- 生活費の支払いに使っている銀行預金が、相続の発生で凍結されてしまった…少しでも早く凍結解除するためには?
- 親族であっても、遺産である銀行預金を勝手に引き出すことはできないと聞いた。どういう手続きをすればいい?
- 相続について遺族代表として手続きをする立場にあるが、銀行預金については勝手に引き出しをしたら「遺産を独り占めしている」と思われるかも…
相続の発生によって銀行口座が凍結されると、水道光熱費や家賃の引落しなどもできなくなってしまいます。
亡くなった人と同居していた親族の方などにとって、生活に大きな影響が出る可能性がありますから、少しでも早く凍結解除の手続きを行うようにしましょう。
この記事が相続に関するお悩みや質問をお持ちの方の参考になればうれしく思います。
相続の基本について詳しく知りたい方は以下のページもご覧ください。
目次
1、銀行預金を相続した!相続人でもすぐには引き出せません
法律上、相続の開始(つまり親族の死亡)によって、遺産の所有権は相続人となる人へ移ります。
そのため、銀行口座に預金された金銭も、相続が開始したことで相続人のものとなります。
一方で、預金を管理している銀行の立場からしたら、銀行で引き出しをする者が法律上の権利をもった相続人であるかどうかは分かりません。
そのため、相続開始が判明した時点で、銀行はいったん口座を利用不可能な状態(凍結)にします。
そして、正式な相続人が手続きをした時点で、銀行が口座凍結を解除して引き出しを可能にします。
2、凍結前の引き出しはどういう扱いになるか
銀行側が口座名義人の死亡を感知していない間は口座の凍結は行われません。そのためその間には預金の引き出しはできてしまいます。
このことは、従来の民法では問題点がありました。問題点を順にみて行きましょう。
(1)可分債権は遺産分割の対象外
被相続人が亡くなったと同時に、被相続人の財産は相続財産として全相続人の共有となります。
しかし、可分債権、つまり預貯金を引き出す権利などの金銭債権は、昔の判例(最判昭29.4.8等)では「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではない」と解されていたのです。
つまり、金銭債権(預貯金を引き出す権利を含)は、自分の法定相続分については、単独で(遺産分割協議をしなくても)請求行為をすることができてしまうわけです。
銀行の預貯金で言えば、相続人は、銀行に対し、他の相続人の承諾等がなくても自分の相続分について引き出すことが法律上も可能だった、ということです(実務上、銀行が故人の他界を知りながらこれを許していたかは別です)。
このように、可分債権は、遺産分割の対象外とされてきました。
(2)遺産分割の対象財産を確定する時期
さて、遺産分割協議をするにあたり、どのタイミングに存する財産を協議対象と確定するのでしょうか。
この点、相続開始、つまり他界した直後の財産かと言えばそうではなく、「遺産分割当時」に存している財産とされています。
そのため、遺産分割協議の時点で銀行からすでに引き出してしまっていた財産については、協議の対象ではないということになります。
協議対象ではないということは、残った財産をそのまま法定相続分通りに分ければ、当然先に引き出した分多くもらうことになるということはお分りいただけると思います。
(3)民法改正へ
そこで、2018年の民法の改正(2019年7月1日施行)では、遺産分割前に処分された財産についての規定が設けられ、「遺産の分割前に財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる」とされました(民法906条の2第1項)。
(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第906条の2
1.遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2.前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
これにより、これまでのように「先に引き出してしまえば得」ということを防ぐことができるようになりました。
凍結前に引き出した額も含めて相続財産を計算し、遺産分割協議をすることができます。
もし葬儀費用など被相続人のために引き出す場合でも、連絡の取れる相続人からは承諾をもらっておき、引き出した額の履歴を残しておく、支払った費用については領収書を必ず保管しておくなど、しっかりと対応するようにしましょう。
3、銀行口座の凍結を解除するのに必要な書類とは
以下、銀行口座の凍結を解除するのに必要な主な書類をあげます。
銀行によって手続きの進め方が多少異なることもありますから、事前に必要となる書類や手続きの流れを確認しておくと良いでしょう。
(1)主な添付書類
銀行口座の凍結解除には、銀行所定の「名義変更依頼書」を提出する必要があります。
これに添付して提出する主な書類は以下の通りです。
- 亡くなった人の出生~死亡までの履歴がわかる戸籍謄本等
- 相続人となる人全員分の戸籍謄本
- 相続人となる人全員分の印鑑証明
- 預金通帳やキャッシュカード
(2)遺言書か遺産分割協議書
さらに、以下のうちどちらかが必要となります。
- 亡くなった人が作成した遺言書(公正証書遺言以外の場合は「検認調書謄本」も)
- 遺産分割協議書
もし、遺言書があれば遺言書が優先されます。
遺言書がなければ遺産分割協議書が必要となりますが、これは、相続人全員で作成しなければなりません。
相続人の一部が遠方に住んでいるなどの場合では、準備をするのが一苦労です。
4、すぐに遺産分割協議ができないときの必殺技はこれ!
「相続開始後は遺産分割協議ができてなければ銀行口座に勝手に手を付けてはいけない」とはいっても、死亡直後に葬儀費用の支払いなど、口座のお金を使わざるを得ない状況もあります。
以下、このようなケースに備えた3つの対応方法をご紹介します。
(1)遺産の一部分割
遺産の内容が、預貯金の他不動産や株式など多岐にわたる場合など、すぐに遺産分割協議が完了しないケースもあるでしょう。
2018年の民法の改正で、このような場合は、まずは預貯金など一部の分割方法だけを先に決められることが明文化されました。
遺産分割協議書の代わりとしてこの一部分割を書面にして銀行に提出すれば、銀行口座の凍結は解除されます。
(2)家庭裁判所の保全処分
(1)の方法は、相続人全員がとりあえず遺産分割協議のテーブルについていなければなりませんが、相続人の一部が遠方に居住している場合などでは活用できない場合もあります。
相続人全員が同意してなくてもできる方法として、「家庭裁判所の保全処分」の方法があります。
相続開始後に、家庭裁判所に「保全処分」という申立てを行い、必要な要件を満たす場合には、預金の払戻しを受けることができます。
こちらは以前からある方法ですが、要件として「急迫な危険を防止するために必要な場合にのみ認められる」とされていたため、実際にはほとんど利用されていませんでした。
今回の法改正により、上記の利用要件が「行使する必要があるとき」と緩和され、利用されるケースも増えると考えられています。
ただ、保全処分を得るためには、まず遺産分割の審判(または調停)の申立てが必要であり、時間や費用がかかるというデメリットは残っています。
この保全処分をもって銀行口座の凍結の解除をする場合は、遺産分割協議書に代えて「家庭裁判所が作成した調停調書や審判書の謄本」が必要となります。
(3)裁判所外で単独で払い戻しを受ける
「死亡後でもすぐに口座引き落としをしたい」というニーズに一番叶う方法は、この方法ではないでしょうか。
この方法も2018年の民法の改正で新設されました。
(1)と(2)でネックであった、「相続人全員が同意していなければならない」「裁判所を関与させなければならない」というデメリットはこの方法にはありません。
「1」(1)の書類(その他各金融機関から求められる書類)を準備して銀行で手続きをすれば、単独で払戻しをすることが可能です。
ただ、金額に上限があり、1つの銀行からは150万円までです。
(いくつも銀行がある場合では)総合して「(払戻しをする相続人の)法定相続分の3分の1までの金額」まで単独で払戻しをすることができます。
5、凍結解除にかかる期間
銀行に対して書類を提出してから銀行側で払い戻しの手続きが行われますが、凍結解除までは書類の提出からさらに数週間~1か月以上の時間がかかることもあります。
6、銀行預貯金の分割協議をする際の注意点
遺産に銀行預金が含まれる場合で、遺産分割協議を進めていく際には、以下のようなことに注意しておきましょう。
(1)分割協議の前に預貯金額を確認
遺産相続が発生した時点で、法律上は亡くなった人が所有していた財産は、相続財産として扱われます。
一方で、葬儀費用や生活費の銀行引き落としなどによって口座残高が動く可能性がありますから、相続発生~遺産分割協議の開始までにどのような異動があったのか、記録は残しておきましょう。
(2)分割協議の前に誰かに引き出されてないか確認
上述の通り、銀行側が口座名義人の死亡を感知していない間は親族が名義人に代わってお金を引き出せる可能性があります。
もし、相続人の一部が預金を引き出している場合は、その人は自分が受け取る遺産を先払いで受け取ったという扱いになりますから、その相続人の相続分と相殺するなどの対応が必要です。
(3)3600万円以上あったら相続税に注意
遺産の金額が一定額を超える場合には、相続税の負担が生じる可能性があります。
具体的には、遺産が以下の計算式で計算する「相続税の基礎控除額」を超える場合に注意が必要です。
相続税の基礎控除額=3000万円+600万円×法定相続人の数
相続人が1名の場合は3600万円、2人の場合は4200万円を超える金額の遺産がある場合、相続税の負担が生じることとなりますが、各種の税軽減制度を利用することによって税額が0円となることもあります。
ただし、その場合も税務署に対して申告を行わなければいけません。
相続税の申告・納付期限は相続発生後10か月となっており、現金で納めなければいけません。
遺産分割協議が完了していないと利用できない相続税の税軽減制度もありますから、できるだけ早いタイミングで遺産分割協議を完了しておくのが適切です。
7、相続案件は弁護士に相談を
ここまで銀行の預貯金の相続について解説いたしましたが、実際に手続きを行うと、必要書類の準備などが非常に煩雑と感じる方も多いと思います。
さらに、相続人の行方がわからない、相続から何十年も経過している、相続税がかかりそうだがよく分からない…など、相続手続きが複雑になる場合には、相続に関する法律知識なしにこれらの問題を解決するのは非常に困難です。
これから初めて相続手続きを行うという方や、手続きが複雑になることが予想されるという方は、相続手続きを専門にしている弁護士に相談するようにしましょう。
まとめ
今回は、相続の発生によって銀行口座が凍結されてしまった場合に必要になる手続き方法について解説いたしました。
相続人となる人が多くいるようなケースでは、無用の疑いを受けないためにも、銀行口座や現金の取扱いには細心の注意が必要です。
相続手続きの進め方に不安がある方や、親族同士での相続トラブルは絶対に避けたいとお考えの方は、遺産相続手続きを専門とする弁護士に相談することを検討してみてください。