「精神的苦痛」とはなんでしょうか?
日本の法律では、精神的苦痛を受けた場合、与えた人に対し「損害賠償請求」(慰謝料請求)ができます(民法第710条)。
今回は、
- 損害賠償請求(慰謝料請求)に値する精神的苦痛とは
- 精神的苦痛を理由に損害賠償が認められた事例
- 精神的苦痛で損害賠償を請求するために必要な知識・手順
についてご説明します。
目次
1、精神的苦痛を理由に訴えられる可能性のあるケースはどのようなケースか
ではまず、どのようなときに精神的苦痛を理由に訴えることができるのでしょうか。
(1)婚約破棄や配偶者の不貞行為・DV
婚約をした人が一方的に破棄をするような場合には、もう一方の精神的苦痛は想像を絶します。
また、結婚をしている場合に相手方が浮気をするようなこと(法律では不貞行為と呼んでいます)・DVを受けるような場合には損害賠償に値する精神的苦痛といえるでしょう。
(2)強制わいせつ罪や痴漢などの性的トラブル
強制わいせつの被害者になったような場合や、痴漢の被害といった性犯罪にあった場合には精神的苦痛が伴うため、損害賠償が可能になります。
(3)名誉棄損やプライバシーの侵害
「あいつは泥棒をした」というような名誉棄損がされたような場合や住所や電話番号をSNSで漏らされてプライバシー侵害が発生した場合にも、精神的苦痛が発生し損害賠償が請求できます。
(4)労働問題(セクハラ・パワハラ・不当労働)
職場でのセクハラ被害やパワハラ被害・労働組合員であることを理由に解雇するような不当労働行為の被害にあった場合には、精神的苦痛が発生するので損害賠償の請求ができます。
(5)自動車による交通事故
交通事故においては、治療費などの実損以外にも精神的苦痛が発生しているので、損害賠償が請求できます。
2、精神的苦痛を理由に損害賠償・慰謝料を請求することができる法律
以上のような場合に、法律ではどのような仕組みで相手に損害賠償を請求することができるのでしょうか。
(1)不法行為|民法710条・711条
精神的苦痛を慰謝料の支払いで賠償しなければならないとするのは、民法という法律の規定の中の不法行為という条文の中になります。
少し表現が難しいですがご覧ください。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
(近親者に対する損害の賠償)
第七百十一条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。
引用:民法
710条は損害賠償の請求ができる場合について規定しています。
たとえば、傷つけたり・名誉の侵害をした・財産権の侵害をした場合には、そのこと自体に対する損害賠償をするのは当然のことで、それ以外の「財産以外の損害」についても賠償をしなければならないとしています。
そして、たとえば交通事故を想像してもらえば分かるのですが、ある人が亡くなると精神的な苦痛を受けるのは父母・夫や妻・子といった人たちも同様ですので、711条で精神的苦痛を受けるのが通常である人の賠償を規定しています。
(2)債務不履行|民法415条
債務不履行(さいむふりこう)とは、契約上の義務(債務)を行わない(不履行)ことです。
債務不履行の条文には、不法行為のような「財産以外の損害」(慰謝料)についての明記はないのですが、実務上、債務不履行による財産以外の損害についても認められています。
3、精神的苦痛で損害賠償・慰謝料を請求する際に必要なもの
では、精神的苦痛を受けた場合に、どのようにしなければならないでしょうか。
精神的苦痛を受けた場合でも自動的に自分に慰謝料が振り込まれてくる制度はありません。
そのため、相手に請求をして交渉をして、交渉が上手くいかなくなったら裁判をする必要があります。
最終的には、裁判をして勝たなければならないので、次のようなものが必要になると考えましょう。
(1)精神的苦痛を受けたと証明できるもの
裁判になった場合には、自分が主張すること実を立証できなければなりません。
2種類の立証が考えられます。
①精神的苦痛の原因となった「事実」(「原因事実」と言います)の証明
このような状況なら多くの人が強い精神的苦痛を感じるだろう、という形での証明です。
たとえば不貞行為をされた場合には、不貞行為を裏付ける写真やメール、業務過多による精神的苦痛なら残業時間の証明などです。
②どれだけの精神的苦痛があったかの証明
原因事実の起きた時期に、このような状態であったと証明して精神的苦痛が存在したことを証明します。
例えば以下の通りです。
- 診断書(腹痛、胃痛、うつ病など)
→肉体精神に悪影響が出るほどの精神的苦痛があったとされ、精神的苦痛があったことの証明となります。
- ハラスメント当時の日記
→その記載から当時の気持ちが明確となれば、精神的苦痛があったことの証明となります(原因事実の証明にも寄与します)。
- 具体的な状況(事実)
たとえば、仕事を辞めてしまった、部署移動を願い出た(実際に異動した)、カウンセリングに行ったなどです。
このような事実から、どれだけ精神的苦痛を受けていたのかが推定されることができます。
交通事故など、怪我等での慰謝料では、入通院日数・頻度から慰謝料が算定されています。
(2)裁判を起こす際に必要な書類やお金
証拠を相手につきつけても、そもそも精神的苦痛の原因であると認めない場合や、請求した額に争いのある場合には、相手は慰謝料の支払いに応じないことになるでしょう。
そうすると裁判を起こす必要が出てきます。
裁判をするには、裁判所に書類を提出し必要な費用がかかります。
裁判に必要な書類としては
- 訴状(作成の仕方はこちら)
- 証拠
- 証拠説明書
といったものの作成が必要になります。
必要な費用としては
- 印紙代(例えば200万円の訴訟をした場合には15000円)
- 切手代(東京地裁に提起する場合には6000円)
- 弁護士費用(相談料30分5000円程度・着手金訴額の8%程度)
といったものが必要になります。
(3)加害者の名前や住所
慰謝料の請求をする裁判は、相手が存在していることはもちろん、その相手を特定して被告にしなければなりません。
その際には、加害者の名前や住所を必要とします。
4、精神的苦痛で損害賠償・慰謝料の請求手続きの流れ
では、実際に損害賠償の請求をする場合の流れを見てみましょう
(1)話し合い
基本的にはまず話合いをします。
どのようなこと実関係があったのかということや、どのような被害が生じたのかをお互いで確認をして、慰謝料の支払い意思があるかを確認します。
実務では、本気で慰謝料請求をすることを示すために、内容証明郵便を利用することもあります。
(2)調停
話合いが上手くいかないような場合には、裁判所を仲介者にして話し合う調停という手続きが利用できます。
調停は裁判所を通してする手続きで、裁判官と調停委員という事情通の人が2人選任され、当事者の話を交互に聞いて、打倒な案を示してくれるシステムです。
精神的苦痛の損害賠償の額は計算はとても難しいので、事情に詳しい人に話を聞いてもらい、妥当な金額が知りたい場合には利用する価値はあるでしょう。
手続きは裁判所に申立てをすることで行います。
1か月に1度期日というものが設定され、その日に裁判所に出向きます。
当事者の一方が呼ばれて、裁判官・調停委員と話をして、次に相手が呼ばれて同じく話をします。
そうして事案を整理することで、調停案というものを出してもらいます。
双方の当事者が納得すれば、事件は終了という形になります。
調停案が出たからといって、かならずその通りにしなければならないわけではありません。
納得がいかない場合には裁判手続きに移行することも可能です。
(3)裁判
話合いや調停でも納得できる結論が出ない場合には裁判をすることになります。
訴状・証拠・証拠説明書といったものを作成して、印紙・郵券を購入して裁判所に提出をして行います。
1か月に1度くらいのペースで期日が設けられますので、それに合わせて準備書面を提出して、判断を求めることになります。
あくまで当事者の主張とそれに基づく証拠によって裁判所が判断を下すことになります。
裁判が確定すると、その判断は基本的には覆らなくなるので、裁判手続きは慎重に行う必要性があります。
5、精神的苦痛で獲得できる損賠賠償・慰謝料の相場
では、損害賠償請求の相場はどのようになっているでしょうか。
いくつか代表的な例をみてみましょう
(1)離婚慰謝料の相場
離婚の慰謝料と一口に言っても、離婚に至った原因によってその相場は異なります。
不倫・浮気が離婚の原因の場合には慰謝料の相場は100万円~500万円程度です。
DV・モラハラが離婚の原因の場合には50万円~300万円程度です。
家にお金を入れないなどで「悪意の遺棄」と評価できる場合には50万円~300万円程度です。
セックスレスが原因の場合には100万~300万円程度です。
(2)婚約破棄の慰謝料の相場
婚約を破棄された場合でも精神的苦痛は発生しますので、損害賠償の請求ができます。
この場合の相場は30万円~300万円程度になります。
(3)不当解雇の慰謝料の相場
労働契約を一方的に打ち切りにされるような不当解雇のケースでも、精神的苦痛は発生するため損害賠償の請求ができます。
この場合の相場は10万円~数十万円程度です。
(4)暴行・傷害の被害にあった場合の慰謝料の相場
人に暴行をされた場合や、その結果ケガをした傷害の被害にあったような場合は、治療費はもちろん精神的苦痛が発生しておりますので、損害賠償請求ができます。この場合の相場は暴行の場合には10万~30万、傷害の場合には30万~50万程度になります。
参照:弁護士が教える!暴行・傷害罪の被害に遭った際の示談金の相場と交渉のコツ
(5)交通事故の場合
交通事故の被害にあった場合には、治療費はもちろん精神的苦痛が発生しておりますので、損害賠償請求ができます。
後遺障害が残るような交通事故は実務上慰謝料については定型化されており、どのようなケガをしてどのくらいの期間治療したかによって決まっています。
むちうちのような場合、6ヶ月間通院した場合には、いわゆる裁判所基準で89万円とされています。
(6)高額な損害賠償・慰謝料を獲得するには?
見ていただいたとおり、精神的苦痛に基づく損害賠償請求をする場合には大きな幅があります。
どのようにすれば、高額の慰謝料を取得できるでしょうか。
慰謝料の支払いは、どのような加害行為をしたかということと、どのような被害を受けたのか、ということをきちんと証拠に基づいて証明する必要があります。
どのようなことをしたかということを総合的に判断して、加害者が何をやったのか?ということを証拠に基づいてどこまで認定してもらえるのかを考え、加害行為がどれだけ悪質だったか?ということを主張します。
どのような被害を受けたのかという主張も同様に、裁判において客観的に証明できるようにします。
ケガをしている場合にはきちんと医者にかかって診断書を取ることは重要です。
どのような資料をそろえてどうやって主張をすればよいかは、たくさんの過去の判例を把握する必要があります。
ですので、弁護士に相談をすることだけでもしておくべきでしょう。
6、精神的苦痛を理由に損害賠償が認められた事例
たとえば、直近の裁判ではどのような精神的苦痛が認められたでしょうか
(1)不当な配置転換命令
家族の介護などの事情があるにもかかわらず、地方への配転命令を出すなどして、適応障害を発症するような事態に陥った方が精神的苦痛に基づく慰謝料を請求した事例では、110万円の支払いが認められました。
参考:https://www.asahi.com/articles/ASL2V6HC1L2VUTIL059.html
(2)東京電力にふるさとを奪われた市民
東京電力福島第1原発事故で避難指示区域となった福島県南相馬市小高区の住民らがふるさとを奪われた精神的苦痛を受けたとして東京電力を相手に損害賠償請求を行った事例では、一人につき1000万円の慰謝料の支払いを認めました。
7、精神的苦痛から解放されるために…今あなたができること
精神的苦痛を受けた場合には、その後にどのように回復をしていけばよいのでしょうか。
(1)弁護士への相談
弁護士は法律のお話しだけではなく、あなたのトラブルにきちんと共感してくれます。
男性には話づらいトラブルに巻き込まれたような場合には、女性の弁護士を指定して相談・依頼をすることも可能です。
また、実際に精神的苦痛に基づく慰謝料請求をする場合には、事件を整理したり裁判で何度も事件について聞かれることになります。
みたくもない書類や物でも裁判の証拠になるようなものは集めなければなりませんし、思い出したくないことでも裁判に必要であれば証言しなければなりません。
その場合に弁護士はなるべくあなたの負担が少ないように取り計らってくれます。
ただ、理不尽なことですが、自分の中では忘れられないくらいショックでも、過去のこと例などから見ると慰謝料の金額が低い場合もあります。
弁護士に依頼をしてしまうとかえってお金がかかってしまうような場合には、無理に依頼すべきではありません。
精神的苦痛というのは、人によって違うもの。
ですから、似ているケースであっても過去の裁判で慰謝料に値しないとされていることもあります。
ここで、なぜ、その裁判では慰謝料に値しないとされたのか、弁護士に聞くなどしてその理由を探ってみてください。
あなたのケースとどこが相違しているのか、相違点をはっきりとさせてみることからです。
(2)カウンセリングを受ける
精神的苦痛のせいで日常生活がうまくいかなくなるような場合には、カウンセリングを受けて日常生活を取り戻せるようにしましょう。
(3)休日やアフター5などを使ってストレス発散する
精神的苦痛を負っていると、家にこもってしまったりしませんか。
誰かを誘って、休日やアフター5にきちんと遊びにいってストレスをしっかり発散するようにしましょう。
カラオケやグルメなどを楽しんだりしてストレス発散して忘れてしまうこともよいでしょう。
(4)精神的苦痛から解放されたらどんなことをしたいか計画する
今のその精神的苦痛がつらい場合に、その状態から解放されたらどんなことがしたいかを想像してみませんか?
請求をしている間や、裁判をしている間は、どうしても精神的苦痛が頭のかたすみにこびりついたまま毎日を過ごしがちです。
そんなときは、今のこのつらい状況が終わったら、すこし贅沢して旅行や留学などの楽しい計画をたててみるのです。
それだけでも気分が楽になるはずです。
(5)その場から離れる
今のその場所から離れてみることも精神的苦痛から解放される良い手段です。
同じ場所に住んでいると、思い出してしまうようなことがあったりしませんか?
今の職場にいると、フラッシュバックしてしまうようなことはないですか?
そのような場合には一度、その場から離れてみることも手です。
逃げても無駄、場所と気持ちは別、などと頭ではそう考えてしまうかもしれませんが、人間、意外とそうでもないこともあります。
引っ越しや転職などでやり直しをすることでリフレッシュできます。
まとめ
このページでは、精神的苦痛で慰謝料請求ができる仕組みや相場、精神的苦痛との向き合い方などについてお伝えしてきました。
精神的苦痛は感受性との関係もあるので、裁判での主張・立証が難しいものです。
ぜひ弁護士に相談するなどして、納得して請求ができるようにしましょう。