「残業したくないけれど、みんなが残業しているので拒否しにくい……」
「そもそも従業員には残業を拒否する権利はないのか?」
勤務先で日常的に残業させられながら、このような悩み、疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
会社は一定の条件を満たす場合には残業を命令できますが、従業員は一切拒否できないわけではなく、正当な理由がある場合には拒否することもできます。
また、残業しても残業代がきちんと支払われない「サービス残業」を強いられている場合や、長時間の残業を日常的に強いられているような場合は、労働者としての権利を守るために残業を拒否すべきといえます。
現在の労災認定では、「1か月に100時間」または「2~6か月間で平均80時間」の残業が「過労死ライン」とされています。
実際にも、これを超えるような長時間の残業を強いられると心身の健康を害する危険性が高いと考えられます。
労働基準法も、1か月について100時間を超える時間外労働、休日労働や、2~6か月間で平均80時間を超える時間外労働、休日労働を禁止しています(労働基準法第36条6項2号、3号)。
そこで今回は、
- 会社が残業命令できるための条件
- 残業命令を受けても従業員が拒否できるケース
- 残業したくない人が残業しないために考えるべきこと
などについて、労働問題に精通したベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。
この記事が、「残業したくない!」「どのような場合に残業を拒否できるのか?」とお悩みの方や、サービス残業・長時間残業で苦しんでいる方の手助けとなれば幸いです。
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目次
1、残業したくない社員たちの残業したくない理由
かつての日本の企業社会では、連日、夜遅くまで残業をするのが当然だという風潮があり、多くの労働者は特に疑問を抱くこともなく残業をしていました。
では現在、残業したくないという社員たちの「残業したくない理由」はなんでしょうか。
さまざまな理由が考えられますが、主に以下のような理由が挙げられるでしょう。
あなたは他の理由で残業したくないとお考えかもしれませんが、対処法を考える前にまずは、残業したくない理由をご自身なりに考えてみましょう。
(1)ワークライフバランスをはかりたい
会社に自分のすべてを捧げるかのようにしてモーレツに働く人が多かった時代とは異なり、最近ではワークライフバランスを重視する人が増えています。
ワークライフバランスとは、直訳すると「仕事と生活との調和」であり、仕事だけでなく趣味や家庭生活・地域生活などのプライベートも充実させて、経済的にも精神的にもバランスの取れた健康的で幸福な人生を送りたいという考え方のことです。
平成20年から施行されている労働契約法にも、ワークライフバランスを謳う規定があります(労働契約法第3条3項)。
ワークライフバランスを重視する人は、会社の就業時間内は仕事に集中するものの、時間外はプライベートを楽しみたいと考えます。
そのため、時間外まで会社に拘束されると苦痛を感じるので、「残業したくない」と考えるようになります。
(2)限られた時間で結果を出すことを意識している
かつての企業社会では、長時間働く人が評価されることが多く、また労働者自身も長時間働くことに誇りを持っていたものです。
しかし、現在では長時間働くこと自体に意味はなく、「成果」を出すことが重要であることに多くの人が気づいています。
そのため、同じ成果を出すなら短時間で仕事を終わらせて、できる限り定時で仕事を切り上げて、時間外は休んだり、プライベートを楽しんだりしたいという人が多くなっているのです。
優秀な人であれば、所定の仕事を早く終わらせて、空いた時間で他の仕事や勉強をしてスキルアップを図りたいと考えていることもあります。
これらの人にとっては、ダラダラと働く残業には意味を見いだせないでしょう。
(3)単純に疲れる
単純に、「残業をすると疲れる」という理由で残業したくないという人もいるでしょう。
むしろ、大多数の人が本心ではこのような気持ちを持っているのではないでしょうか。
肉体労働に従事している人なら、残業が多くなると体力を消耗してしまいます。
事務職の人であっても疲労はたまりますし、睡眠時間が少なくなると翌日になっても疲労が解消されないまま働き続けることになってしまいます。
また、プライベートな時間が減ることによって精神的な疲労がたまることもあるでしょう。
心身の疲労がたまってくると、「もう残業したくない」と考えるのも無理はありません。
2、残業したくない人は、残業命令を拒否できる?
それでは、従業員は「残業したくない」という理由で会社からの残業命令を拒否することはできるのでしょうか。
(1)残業命令は基本拒否できない
この後で詳しくご説明しますが、会社は一定の手順を踏めば従業員に残業を命令することができます。
適正な残業命令については、従業員は基本的に拒否することはできません。
とはいっても、拒否したからといって即解雇、となるわけではありません。
しかし、なんら正当な理由もなく拒否をし続ければ、何らかのペナルティの可能性はあります。
具体的には就業規則の定めによりますが、例えば、始末書の提出を求められる、昇進が遅くなる、ボーナスを減らされる、などの可能性はあるでしょう。
場合によっては降格や減給の可能性もありますし、会社の業務遂行に重大な支障をきたした場合には解雇されることもあり得ます。
そのため、会社からの残業命令が適正なものかどうか、適正なものとして拒否できる正当な理由がご自身にあるかどうかを考えていくことが必要となります。
(2)会社の残業命令権の行使条件
会社が残業命令権を行使するためには、次の3つの条件をすべて満たす必要があります。
1. 36協定を結んで労働基準監督署に届け出ていること
2. 就業規則に残業の根拠規定があること
3. 残業を命じる業務上の必要性があること
36協定とは、労働基準法第36条1項に基づく労使協定のことです。
1日8時間を超える、あるいは週に40時間を超える労働や休日出勤を命じる場合には、会社は労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者と書面で協定を締結し、労働基準監督署に提出しておかなければなりません。
さらに、36協定に基づく残業命令に従業員が従わなければならないことが就業規則で規定されている必要があります。
以上の2つの条件を満たせば、会社は残業命令権の行使が可能となりますが、際限なく残業を命令できるわけではありません。
残業を命じることができるのは、従業員に残業をさせる業務上の必要性がある場合に限られます。
以上の3つの条件のどれかが欠けている場合、会社の残業命令は適法ではありませんので、従業員は拒否することができます。
(3)残業命令を受けても拒否できる6つのケース
会社が上記3つの条件を満たして適法に残業命令権を行使した場合でも、従業員に正当な理由がある場合には残業を拒否することが可能です。
正当な理由が認められるのは、次の6つのケースです。
①体調不良の場合
病気やケガなどで体調不良の場合は、残業を拒否できます。
会社には労働者の安全や健康に配慮しなければならない「安全配慮義務」があるため(労働契約法第5条)、体調不良の労働者を無理に働かせることはできないからです。
裁判例でも、眼精疲労を理由に残業を拒否したことで解雇された労働者が起こした裁判で、解雇が無効と判断されたケースがあります。
したがって、風邪を引いたときなどで体調不良の場合は、残業を命じられても拒否できます。
ただし、会社は従業員が残業できないほどの「正当な理由」があるかどうかを確認する必要があるので、診断書の提出を求められる可能性はあります。
その場合には、きちんと病院で診察を受けて診断書を提出する必要があります。
単に「疲れた」というだけでは、残業拒否が認められない可能性が高いのでご注意ください。
②妊娠中や出産後1年未満の場合
妊娠中や出産後1年未満の女性が残業を断った場合には、会社は残業させることはできません(労働基準法第66条)。
したがって、あなたがこの条件に該当する場合も、残業命令を拒否することができます。
ただし、妊娠中や出産後1年未満の場合でも、その従業員が同意すれば残業させることは可能なので、残業命令そのものが違法というわけではありません。
残業を拒否したい場合には、明確に断るようにしましょう。
③育児や介護のため必要がある場合
育児や家族の介護の必要があるために残業できない場合も、残業命令を拒否できます。
具体的には、3歳未満の子どもを養育している場合や、要介護状態にある家族を介護している場合は、原則として所定時間を超える残業を拒否することが可能です(前者について育児介護休業法第16条の8、後者について同法第16条の9)。
また、
- 小学校就学前の子どもを養育している場合
- 要介護状態にある家族を介護している場合
には、月24時間、1年150時間を超える残業を拒否できます(前者について育児介護休業法第17条1項、後者について同法第18条1項)。
これらのケースでは、子どもの年齢や、家族が要介護認定を受けているかどうかといった形式的な基準によって「正当な理由」の有無が判断されますので、ご注意ください。
④長時間残業など違法な残業を指示された場合
会社の残業命令が違法な場合にまで労働者が従う義務はありませんので、その場合も残業の拒否が可能です。
違法な残業命令の代表例は、長時間残業です。
36協定を結んでいる場合でも、会社が命じる事ができる残業時間は「月45時間」「年間360時間」が上限とされています(労働基準法第36条3項・4項)。
もっとも、特別な事情がある場合には、36協定に特別条項を加えることによって、例外的にこの上限を超える残業命令が可能となります。
ただし、その場合でも以下の上限を超えることはできません。
1. 1か月あたりの残業(法定時間外労働+休日労働)の合計が100時間未満であること
2. 月45時間を超えて残業させることができるのは年に6か月まで
3. 連続する2か月、3か月、4か月、5か月、6か月のすべてについて、残業(法定時間外労働+休日労働)の合計時間数の1か月平均が80時間以内であること
4. 年間の残業が720時間以内であること
以上の上限時間を超える残業命令は、違法となります。
また、先ほどご説明した「36協定」が結ばれていない場合や、「就業規則」に残業の根拠規定がない場合、36協定や就業規則が従業員に対して十分に周知されていない状態での残業命令も違法です。
⑤実質的に残業の必要性が認められない場合
先ほどもご説明したとおり、会社が残業命令権を行使できるのは、実質的に残業の必要性がある場合に限られます。
したがって、残業の必要性がない場合には拒否できます。
例えば、その日に予定していた仕事が終わっていなくても、翌日に行えば会社の業務に支障は生じないという場合には、残業を命じられても拒否することが可能です。
「みんなが残業しているから」「残業するのが当たり前の社風だから」という理由で何となく行っている残業は、拒否してもかまわないということになります。
⑥残業代が適正に支払われていない場合
残業をしても残業代が適正に支払われていない状態での残業命令も違法ですので、労働者は拒否できます。
残業代の不払いは、会社に刑事罰が科される違法行為です(労働基準法第119条1号、第37条)。
したがって、サービス残業に応じる義務はないのです。
3、残業したくない人が残業をしないために考えるべきこと
会社の残業命令が適法である場合、従業員は正当な理由がない限り、残業を拒否することはできません。
ここでは、それでも残業したくない人のために、基本的な考え方をご紹介します。
(1)そもそも残業はなぜ発生するのか
会社によっては繁忙期にのみ残業が発生するというところもありますが、時期に関係なく恒常的に残業が発生しているケースも少なくありません。
その理由として、主に以下のようなことが考えられます。
① 会社(部署、事業所)自体が成長中だから
一般的に、創立してから時期が浅い会社や、新規に部署や事業所を立ち上げた場合、新たな事業を立ち上げたことなどによって会社自体が成長中の時期には、残業が多く発生する傾向にあります。
これらのケースでは会社自体や、新たに立ち上げた部署や事業所などにまだ実績がなく、将来的に安定した収益源を確保するために、すでに業績が安定している会社よりも業務量が多くなってしまいます。
そのため、どうしても一人一人にかかる負荷が大きくなり、残業が発生しがちになります。
② 自分が成長中だから
一方で、会社ではなく従業員である自分が成長中であるために残業が発生するというケースもあります。
入社してからの時期が浅い従業員にとって、ベテランの従業員と同じ仕事をするにはどうしても時間がかかってしまうものです。
そのため、仕事を覚えて要領をつかむまでは、残業が発生しがちです。
特に、ビッグビジネスをしている企業では、それなりの質とスピードが求められるため、自分がその波に合わせられる人間になるまでには一般的な企業の場合よりも時間がかかるでしょう。
(2)残業をしないための考え方は2つ
(1)で見たように、適法な残業が発生する(労働時間をより多く必要とする)には合理的な意味があります。
そのため、むやみに残業を拒否するということは、「会社の成長に貢献する意思がない」「自分に成長意欲がない」とみなされる、ということを意味するのです。
ですから、残業を絶対にしたくないという場合、次のような方法を取ることがおすすめです。
① 成長中の会社への就職はしない
まず、成長中の会社に就職することは避けた方がよいでしょう。
残業したくないなら、残業がないか、あっても少ない会社を選ぶのが最も近道となります。
職種にもよりますが、残業のない会社はたくさんありますので、就職前によく調べるようにしましょう。
もし、現在お勤めの会社が成長中などで残業が多い場合には、転職を検討するのもひとつの方法といえます。
② 自分の処理能力以上の会社へは就職しない
もう1つの視点として、自分の処理能力を超えるような業務や仕事量を要求される会社への就職も避けた方がよいでしょう。
残業したくないなら、自分の得意な分野の職種で、業務量も適切な職場を選ぶのが理想的です。
現在お勤めの会社で自分の処理能力を超えるような業務を与えられている場合、他の部署への異動が可能であれば、申し出てみるのもよいでしょう。
4、残業拒否をする前に、会社に無駄が多いと感じたら社風を改善!
「3」で見たような残業の発生に合理的な理由が見えない会社もあるでしょう。
日本企業社会では、「残業するのが当たり前」という社風の会社や、最初から残業ありきで業務スケジュールを組んでいる会社もまだまだ多くあります。
特に、「無駄な会議」「意味のない朝礼・夕礼」などがはびこっているのであれば、それらをまとめて提言する勇気も必要です。
ただし、会社の伝統にメスを入れることは、とても大変なことです。
何故ならば、それを守ってきた人たちの気持ちを踏みにじることに繋がるからです。
伝統に対する敬意を表すとともに、変えていく必要性やそれを許す許容性も含めて、真摯に取り組まなければ気持ち良い改革にならない可能性が高いといえます。
残業を減らすために社風を改善するためには、信頼できる上司や同僚に相談しながら、自分のためだけでなく会社全体のために動く意識を持って動くことが大切です。
5、残業したくない!長時間労働等の相談先
残業に関して会社とのトラブルで悩んでいる場合は、無理せず専門的な機関へ相談しましょう。
法律的な問題について気軽に相談したい場合は、次の相談窓口がおすすめです。
- 総合労働相談コーナー(厚生労働省)
- 弁護士の事務所
会社の違法な残業問題を自分で解決したい場合は、次の窓口に相談しましょう。
- 労働基準監督署
- 労働局
サービス残業をしいられているので未払い残業代を請求したい、残業拒否をしたら退職勧奨された、などの場合は弁護士に相談して対処するのがおすすめです。
長時間労働が続きうつ病になりそうな場合など、心の問題を相談したいときは、「こころの耳」(厚生労働省)という窓口で相談に乗ってもらえます。
その他にも、労働問題に関する相談先についてはこちらの記事で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
まとめ
残業したくないと思いながらも、仕方なく残業している人は少なくありません。
残業を拒否したい場合には、まず会社の残業命令が適法かどうかを確認し、適法な場合は拒否できる正当な理由があるかどうかを考える必要があります。
残業したくないのであれば、残業がない職場を選ぶのが最も現実的な選択肢となりますが、地道な行動によって現在お勤めの会社の社風を改善できる可能性もあります。
いずれの場合も、お困りの際は弁護士があなたの心強い味方となります。
ひとりで悩まず、労働問題に強い弁護士に相談してみましょう。