夫婦関係にある配偶者が、精神病で長期間の治療を続けているにもかかわらず回復が見込めない。
そのことで自分も精神的に参ってしまい、配偶者を支えることができない状況にあるとき、離婚は成立するのでしょうか。
今回は、
- 回復の見込みのない精神病についての基本知識
- 精神病を患った配偶者と離婚する際の手続き
等について解説していきます。
目次
1、回復の見込みのない精神病とは
裁判上の離婚について規定した民法第770条第1項では、回復の見込みのない精神病を配偶者の不貞行為などと並べて「離婚の訴えを提起することができる」としています。
(裁判上の離婚)
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。※
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
(協議上の離婚の規定の準用)
引用元:民法
※下線は筆者の追記による。
つまり、配偶者が回復の見込みのない強度の精神病であり、なおかつ夫婦間に精神的なつながりが失われても婚姻関係を続けることは困難と判断される場合に、法定離婚原因として認められるということです。
2、回復の見込みのない精神病として認められるための条件
配偶者の症状によって回復の見込みのない精神病として認められるもの、認められないものがあります。
(1)認められる症状
- 統合失調症
- 早発性痴呆
- 麻痺性痴呆
- 偏執病
- 躁鬱病
- 初老期精神病
- 認知症
- アルツハイマー病 など
回復の見込みのない精神病を理由とした離婚を提訴するためには、上記のような症状が認められ、なおかつ精神科医の鑑定書やこれまでの介護状況、今後の見通しについて正当と判断される場合に限ります。
実際に、配偶者が回復の見込みのない精神病と判断されても、それを理由にした離婚の成立はかなり難しく、判例自体もかなり少ないのが実情です。
(2)認められない症状
- アルコール中毒
- 薬物中毒
- 劇物中毒
- ヒステリー
- ノイローゼ
- 精神衰弱
以上のケースは回復の見込みのない精神病はとして認められないケースが多いでしょうが、たとえばアルコール依存症やヒステリーによるDVが認められる場合は、離婚事由として認められる可能性があります。
また、5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」にあたる場合はあるでしょう。
3、配偶者の判断能力の有無による離婚請求の違い
回復の見込みのない精神病を理由に離婚を提訴する場合、配偶者に適切な判断能力があるかどうかによって、離婚請求の方法が異なります。
(1)配偶者に離婚の判断能力がある場合
他の離婚事由と同じく、まずは夫婦で離婚の合意を得るために話し合う協議離婚から手続きが始まります。
交渉決裂となった場合、家庭裁判所の調停委員を介した調停離婚に移行します。
ただし、配偶者に判断能力があっても回復の見込みがない強度の精神病を患っている状態では、明確な意思能力がないと判断されるため、協議離婚や調停離婚で手続きが進められることはほぼありません。
(2)配偶者に離婚の判断能力がない場合
配偶者が認知症やアルツハイマー病などで離婚の判断能力がない場合、本人が離婚への意思表示を示すことができないため、訴訟を起こすことができません。
そこで、配偶者の代わりとなる「成年後見人」を選任させる必要があります。
成年後見人は成年後見人制度に基づき、適切な判断能力を持たない本人の代わりに出廷、法律行為を行うことができる者を指します。
成年後見人の選任から離婚請求の申し立てまでの流れは次の通りです。
①家庭裁判所に選任の申し立て
成年後見人は家庭裁判所に選任の申立をして、裁判所が候補者の中から専任することになっています。
候補者については申立書に誰の名前を記載しても構いませんが、主に配偶者の親族が請け負うケースが多いようです。
最終的に成年後見人の選任が必要になった事情と被成年後見人(ここでは配偶者のこと)と候補者の関係性を鑑み、裁判所が判断します。
申立書に記載された成年後見人の候補者が適していないと判断された場合は、裁判所からの推薦によって管轄の地域で活動している弁護士や司法書士が選任されます。
②裁判所から選任の審判が出る
申立書が受理され、裁判所の審理の結果、候補者の中から成年後見人が決まったら、裁判所から「成年後見人選任の審判」が書面によって交付されます。
③成年後見人を相手に離婚請求の申し立てをする
選任された成年後見人を相手取り、家庭裁判所に離婚の訴えを提起します。
4、回復の見込みのない精神病は離婚が認められにくい
このように、法定離婚事由である「回復見込みのない精神病」ですが、実際は回復の見込みのない精神病を理由として成立した離婚は判例がきわめて少なく、裁判所に認められることはかなり難しいと言わざるを得ません。
実際に離婚が認められたケースも、精神病を患っている配偶者の実家に十分な財力があるなどの特殊な事例に限られます。
なぜ回復の見込みのない精神病は離婚理由として認められにくいのでしょうか。
(1)精神病による離婚が認められにくい理由
回復の見込みのない精神病が離婚理由として裁判所に認められにくい理由は次のとおりです。
- 配偶者が自らの意思で回復の見込みのない精神病を患ったわけではないから
- 容易に認めるケースが増えると人権問題に発展する可能性があるから
- 離婚を認めたことで精神病を患っている配偶者の生活が危ぶまれるから
裁判では精神病を患っている配偶者の側だけでなく、離婚を提訴した側の長年にわたる精神的負担も視野に入れて判断されます。
それでもなお、回復の見込みのない精神病を理由にした離婚が認められるケースはきわめて稀です。
(2)精神病による離婚が認められるための要件
配偶者が回復の見込みのない強度の精神病であると認められるためには、以下の内容を満たす必要があります。
①医師からの回復の見込みのない精神病であるという鑑定書がある
精神科医、あるいは一般の医師が精神障害の程度が重いと認めた鑑定書が必要です。
これは家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立てるときにも必要となります。
②精神病の治療が長期間にわたり献身的に行われている
離婚を提訴するに至るまで、回復の見込みのない精神病を患っている配偶者の治療費を支払い続け、献身的に介護をしていた事実が認められる必要があります。
③夫婦の同居・協力・扶助義務が果たせないほど重度の精神病を患っている
民法第752条では、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないと規定しています。
夫婦間の協力扶助義務は、一方向的な扶養義務とは異なり常に双方向的であることが特徴です。
しかし、配偶者が協力扶助義務を果たせないほど回復の見込みのない精神病である場合は離婚事由として認められる可能性があります。
過去の裁判例では、昭和58年にてんかん性全身硬直発作を頻発、恒常的に意識異常の状態となる妻が強度の精神病と認められ、夫婦共同生活を営んでいく上での役割が十分に果たせないことを理由として、離婚が成立したものがあります。
④配偶者の病状を悪化させることをしていない
回復の見込みのない精神病を患っている配偶者に対し、暴力を振るったりきつく叱責したりして、病状を悪化させるような行為のないことが前提となります。
⑤離婚後の看病や治療費について見通しがついている
回復の見込みのない精神病を理由に離婚が成立した昭和45年の最高裁判例では、提訴した夫が精神病の妻のために過去の治療費の支払いはもちろん、将来にわたっても可能な範囲で支払いをする意思があることを理由に裁判所が離婚を認めています。
他方、夫は、妻のため十分な療養費を支出できる程に生活に余裕がないにもかかわらず、過去の療養費については、妻の後見人である父との間で分割支払の示談をしてこれに従つて全部支払を完了し、将来の療養費についても可能な範囲の支払をなす意思のあることを裁判所の試みた和解において表明し、夫婦間の子をその出生当時から引き続き養育している等判示事情のあるときは、民法七七〇条二項により離婚の請求を棄却すべき場合にはあたらない。
引用元:裁判所
5、回復の見込みのない精神病が理由の離婚は弁護士に相談を
回復の見込みのない精神病を患った配偶者との生活が辛いと感じたら、独りで悩まず、まずは弁護士に相談されることをおすすめします。
弁護士は回復の見込みのない精神病を患った配偶者との生活について、利用できる制度や支援などを紹介してくれるでしょう。
そのほか回復の見込みのない精神病に関する相談窓口や支援制度は次のとおりです。
- 地域包括支援センター
高齢者の暮らしを地域でサポートするための拠点として、自治体により設置されている機関です。
地域の高齢者の総合的な相談窓口として、保健師や経験豊富な看護師、社会福祉士、主任ケアマネジャーが配置され、介護のみならず、医療・保健などさまざまな領域の関係機関と連携し、高齢者の生活課題に対応しています。
- 自立支援医療(精神通院医療費の公費負担)
精神科の病気で治療を受ける場合、外来への通院、投薬、訪問看護などについて、健康保険の自己負担のお金の一部を公的に支援する制度です。
- 生活保護
高齢や障害などのために経済的に困ったときに、最低限度の生活を保障し、自立を手助けするための制度です。
まとめ
過去の判例がきわめて少ないところからもわかるように、回復の見込みのない精神病を患った配偶者との離婚は、きわめてセンシティブな問題であり、裁判所も慎重に判断するため、成立させることが非常に難しいものです。
しかし、離婚が難しいからと言って、介護や治療費の支払いで辛い思いをしている人に救いの手が差し伸べられないわけではありません。
離婚までは考えていないが、辛い現状をなんとかしたいとお考えであれば、利用できる施設や制度を調べたり、弁護士に相談したりして具体的に行動をされることをおすすめします。