相続放棄は、生前に行うことは可能なのでしょうか。
親族が負債を抱えている、またはギャンブル好きで借金を残す可能性の割合があたかくるなど、さまざまな事情で相続放棄を考えている家族は、実は少なくはありません。
でも現在の日本では、被相続人が存命中の場合、基本的に相続放棄はできません。
しかし、生前に相続放棄に近い効果となる方法はいくつか存在するのです。対応することは可能となります。
今回は
- 生前の相続放棄ができない理由
- 生前相続放棄の効果を出すには
- 生前の相続放棄に必要なものと手続き方法
などについて紹介していきます。この記事がご参考になれば幸いです。
相続放棄の期間について、知りたい方は以下の記事をご覧ください。
目次
1、相続放棄を生前にできないのはなぜ?
現在の日本の法律では、被相続人の存命中に相続放棄を行うことはできません。
相続放棄を宣言する契約書や念書を残しておいても、無効になってしまうのです。
なぜ生前に相続放棄ができないのでしょうか。
その理由は非常にシンプルで、現行法では生前の相続廃棄についての規定を設けていないためです。
なぜ規定がないのかは、相続人の平等性を担保するためです。
つまり、もし生前に相続放棄を受け付けることができるとすれば、当該相続人の意思による相続放棄だけが認められるべきです。
たとえば、被相続人や他の相続人から強く強要されたりした結果相続放棄を行えることになってしまえば、相続人に遺産を平等に振り分けるとする民法の相続制度の根本から覆されてしまいます。
そのため、原則的に遺産分割協議や相続放棄など相続に関する手続きは、被相続人が亡くなってから行われます。
以下、これにまつわる判例です。
(1)生前の相続放棄をめぐる判例
生前の相続放棄をめぐる裁判はこれまでに何度か起こっています。
その中でも「東京高裁昭和54年1月24日決定」では、「被相続人が亡くなる前の相続放棄は無効」と明確な判定が下されています。
この判定では、「生前の相続放棄については法律上の制度がなく、家庭裁判所に申述しても受理されない」と説明されました。
(2)生前の遺産分割協議をめぐる判例
「東京地方裁判所平成17年12月15日」の判決では、被相続人が亡くなる前に相続人間で遺産分割協議をしても無効とされています。
この判決では同時に「生前協定」と呼ばれる生前の遺産分割の効力を認めながらも、最終的には法的効力を主張できないことを明確化しました。
2、相続放棄ができるのはいつ?
では、法律上、相続放棄ができるのはいつなのでしょうか。
(1)相続放棄できる期間と起算点
相続放棄をできるタイミングは短く、被相続人の死後、わずか「3カ月」しかありません。
条文をみてみましょう。
民法915条1項前段では「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない」と定めています。
そして、「3カ月」の起点となる「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは具体的にいつを指すのでしょうか。
原則的には「相続人が相続開始の原因となった事実や自己が法律上相続人となった事実を知った時」とされています。
決して被相続人が亡くなった時間が起点となるわけではないので注意しましょう。
なお、相続放棄できる3カ月間は「熟慮期間」と呼ばれています。
(2)相続放棄できる期間は伸ばせる
この3ヶ月間は、実は伸ばすことが可能です。
民法915条1項後段では「この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる」とあり、熟慮期間を伸ばせることがわかります。
実際に最高裁昭和59年4月27日判決では、被相続人の生活歴や相続人の交際状態、さらに相続財産の有無の調査の難度を鑑み、熟慮期間の起算点を見直す判定が下されています。
被相続人との関係によっては、被相続人の死後しばらく経ってから相続しなければならないことに気づくことがあるでしょう。
相続放棄を希望している方は、その時点でも遅くはありません。
その時点で、しかるべき手続きを行うことをおすすめします。
(3)熟慮期間を伸長する手続き
熟慮期間を伸長するために、知っておきたい事項は以下の通りです。
| 概要 |
申立人 | ・相続人を含む利害関係人 ・検察官 |
申立先 | ・被相続人の最後の住所地の家庭裁判所 |
費用 | ・800円分の収入印紙(相続人一人につき) ・連絡用の郵便切手代 |
必要書類 | ・申立書(裁判所のホームページからダウンロード可能) ・添付書類 ・被相続人の住民票除票または戸籍附票 ・利害関係人からの申立ての場合、利害関係を証する資料 ・熟慮期間の伸長を請求する相続人の戸籍謄本 |
被相続人との関係によっては、別資料が必要になることもあるので、裁判所のホームページから確認しましょう。
申立ては、相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内に行わなければいけません。
また、熟慮期間の起算点の解釈には専門的な判断が要求されます。
さらに、相続放棄の期間伸長ではさまざまな手続きが必要です。
熟慮期間でお悩みの方はひとりで考え込むのではなく、弁護士など専門家へ相談することがおすすめです。詳しくは詳細記事をご覧ください。
3、生前に相続放棄したい場合に知っておくべきこと
生前から相続放棄する方法は本当に存在しないのでしょうか。
実は、同様の効果を発生させる方法はいくつかあります。
ここでは代表的な2つの方法を紹介します。
(1)被相続人に遺言書を作成してもらう
被相続人に遺言書を作成してもらって、相続分の指定をすることも可能です。
相続人が被相続人の遺言書を作成すると、私文書偽造罪にもなりうるので、被相続人と話し合って必ず被相続人に作成してもらうようにしましょう。
ここで、遺言で債務の相続分を定めても、債権者との関係では法定相続分の債務の請求を拒むことはできません。
つまり、自分に債務の負担分がない旨を記載してもらう遺言書では役に立ちません。
相続放棄を同様の効果をもたらすとすれば、遺言書によって生じる債権と債務が限りなくゼロになる必要があります。
とはいえ、遺留分の関係もありますので、遺言書の書き方は一筋縄ではいかないでしょう。
相続放棄と同様の効果を狙う遺言書を作成してもらいたいときは、一度弁護士に相談してみるといいでしょう。
(2)債務整理を生前のうちから進める
相続人が相続放棄を希望する理由の多くは、被相続人が抱える負債にあります。
もしも被相続人の負債が多くて悩んでいるのであれば、生前から債務整理をすすめることをおすすめします。
裁判所を介した手続きを行ったり、債権者と交渉をしたりすることで借金を減額できるでしょう。
債務整理は債務者本人が行うものですので、よく話し合って進めてください。
債務整理についても同様、弁護士に相談されることをおすすめします。こちらの記事もご参考にされてください。
4、相続権が発生した時点で相続放棄する場合の費用や手続き方法
被相続人の死後、相続権が発生してから相続放棄するのであれば、さまざまな手続きが必要です。
それだけではなく、費用も発生してきます。
少しでもスムーズに手続きが進むように流れをまとめてみました。
(1)費用・用意するもの
相続放棄に必要なものは以下の通りです。
必要書類 | 概要 |
相続放棄の申述書 | 裁判所のホームページでダウンロード可能。 申述人が20歳以上と未満で形式が異なる。 |
被相続人の住民票除票 または戸籍附票 |
|
申述人の戸籍謄本 | ・申述人が配偶者の場合 ・申述人が子または孫の場合 ・申述人が相続人の親または祖父母の場合 ・申述人が兄弟姉妹または甥・姪の場合 |
相続放棄に必要な費用は、戸籍謄本(1通450円程度)と、切手(82円×5枚程度)、そして800円の収入印紙です。
(2)手続きの流れ
相続放棄の手続きを取る前に、まず相続財産の額を把握しましょう。
不動産などの資産があれば、場合によっては財産がプラスになるのかもしれません。
それが終わったら相続放棄申述書を作成し、被相続人の住民票除票または戸籍附票、戸籍謄本を用意します。
書類の準備が整ったら、被相続人最後の住居地にある家庭裁判所を申述先として郵送しましょう。
裁判所に直接出向いて提出することもできます。
相続放棄の申述が受理されると、数日から2週間後に裁判所からの照会書が届きます。
申述人が照会書に回答と署名捺印をして返送しましょう。
その後問題がなければ「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。
それを受け取れば、相続放棄は完了です。
詳しくは詳細記事をご覧ください
5、相続放棄について相談したい場合は弁護士へ
負債を免れるために、相続放棄を行う人は少なくありません。
しかし、ほとんどの人は手続きに慣れておらず、時間を要するものです。
さまざまな戸籍謄本が必要になってくる上、申述書の書き方が分からないということがあるのかもしれません。
また、財産を把握するのも意外と手間がかかるものです。
「仕事で忙しく手続きの時間が取れない」「ややこしい手続きは苦手」とお悩みの方は、一度相続放棄について弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。
法律のプロである弁護士が財産の管理から、相続放棄するか否かのアドバイス、さらには書類の作成まですべてを請け負ってくれます。家族との間に入ってくれるので、家庭事情が複雑な方も弁護士を通じてやり取りできます。
まとめ
相続問題は家族との関係によってややこしくなりがちです。
お金に関することなので、手続きも煩雑で苦労することもあるのかもしれません。
そんなときには、信頼できる弁護士事務所に相談してみてはいかがでしょうか。
何かと手間のかかる被相続人の死後の手続きの心強いサポート役になってくれるでしょう。